命の行方






「何だ、これは」
と 尋ねた氷河に、
「『何だ』だなんて……。せめて『誰だ』って訊いて」
瞬は、答えになっていない答えを返してきた。
歴としたヒトの姿を持つものに関して、氷河が『何だ』と問うたのは、だが、ゆえなきことではない。

その第一の理由は、そのヒトは“彼”でも“彼女”でもなく、性的に未分化に見える子供だったから。
顔つきから それが4、5歳の女児だということはわかるのだが、氷河は、ヒトを生物学的に分類する際、“男”“女”“子供”の3種に分けることを習性としていて、彼にとって“子供”は“人間”ではなかったのだ。
ヒトは、分別というものを備えた時 初めて“人間”になる。
そして、子供には分別がない。
ゆえに、それは“人間”ではなく“(人間以外の)もの”だったのだ。氷河にとっては。

第二の理由は、その子供が、ちゃんとした服装をしていなかったから。
その子供は、全くサイズが合っていない大人用のブラウスを身に着けていた。
子供の身長で大人サイズのブラウスを着ているため、それがブラウスではなくワンピースになっている。
たとえば、文明国に 突然 素裸の野生児が現われたなら、慌てた文明人は とりあえず身近にある大人用の衣類を 頭から かぶせて、彼女の肌を人目に触れないようにするだろう。
その子供は、まさに そういう恰好をしていたのだ。

女神アテナにして、グラード財団総帥でもある城戸沙織の私邸のエントランスホール。
瞬に手を引かれて、たった今 外からやってきたことが察せられる、奇妙な出で立ちの その子供。
なぜそんなものが ここにいるのか、氷河には皆目見当がつかなかった。
「星の子学園の新入りか?」
氷河が『これは狼少女の類か?』と言わなかったのは、その子供が 今日たった今 初めて出会った人間(氷河)に対して、警戒の唸り声をあげなかったから。
だから、これは“人間”とまではいかなくても“ヒト”に分類してもいいものだろうと、氷河は判断したのである。
もっとも、その子供は、唸り声をあげることはしなかったが、氷河に向かって吠えることはした。

「自分の上司の顔を見忘れるなんて、あなたの忠誠心もその程度ということね。よーく憶えておくわ!」
「なに……?」
4、5歳の子供にしては舌足らずなところのない はっきりした発音の日本語。
どこかで聞いたことのある口調。
氷河は、まじまじと その子供の顔を見おろし、見詰めることになった。
「瞬は、すぐに私だとわかってくれたわよ!」
子供が、重ねて氷河に上から物を言ってくる。
実際には、その子供は氷河よりずっと下方に立っていたのだが、確かに彼女は 上から物を言っていた。
「こ……この偉そうな態度と口のきき方は、まさか――」
「偉そう? 実際、私は あなたの100万倍も偉いんだから当然でしょ!」

居丈高に そう言い放つ子供の顔は、ごく最近どこかで見たことのある顔に似ていた。
そして、過去に どこかで見たことのある顔でもあった。
「さ……沙織さん? アテナ?」
その名を呟いたはいいが、それきり続く言葉が出てこない。
とはいえ、取り乱して大声をあげなかったからといって、氷河が驚いていないわけではなかった。
もちろん、氷河は、驚いていた。
声ではなく、その小宇宙が激しく動揺する。
その小宇宙に驚いて、ラウンジにいた星矢と紫龍が エントランスホールに駆けつけてくるほど――もちろん 氷河は驚いていたのである。






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