5歳の女児にボディガードが4人。
それは傍から見れば、異様で不審な一団だったろう。
沙織は そんなことは全く意に介さず、百貨店の子供服のテナントが並んでいるフロアを走り回り、
「子供服のデザインって、いろんな意味で大胆よね」
とか何とか言いながら、これからピアノの発表会に向かうかのようなドレスを10着ほど買い込んだ。

『10着ほど』は、アテナの聖闘士たちにとっては『10着も』だった。
“10着も”フォーマルドレスを買い込む沙織を見て、アテナの聖闘士たちは いよいよ不安を募らせることになったのである。
沙織はいったい、いつまで子供でいる気なのか。
洋服を買い揃えるより、今は何をさておいても、クロノスの許に行って 元に戻してくれるよう頼むべきではないのか。
そう考えた瞬は、その旨 沙織に進言してみたのだが、沙織の返答は、
「簡単にクロノスに屈したと思われるのは癪だから、それは絶対に嫌」
という、実に 明瞭かつ頼もしい(?)ものだった。
沙織は、この事態を全く悲観していないらしい。
元気で明るいアテナの前に雁首を並べ、アテナの聖闘士たちは、ついつい『少しは悲観してほしい』と思ってしまったのである。

とにもかくにも、沙織の買い物は 約2時間ほどで終わった。
これでやっと城戸邸に――人目を気にせず くつろぐことのできる自宅に――帰ることができると、アテナの聖闘士たちは安堵の息を洩らしたのだが、残念ながら、彼等の試練は それで終わらなかった。
3段フリルのワンピースを着て ご満悦の沙織は、自分のお供の者たちの疲れ切った顔を見て 眉をしかめ、
「ねえ。あなた方も私のボディガードをするなら、それなりの恰好をしてほしいのだけど」
などということを言い出してきたのである。

「それなりの恰好……って、俺たち みんな、それなりの恰好してるだろ。少なくとも、3段フリルのドレスなんて馬鹿げた格好はしてないぜ」
それは星矢の精一杯の皮肉だったのだが、沙織は 実に堂々と 星矢の皮肉が聞こえていない振りをした。
「特に星矢。あなたの恰好、信じられないわ。今時 Tシャツの袖をまくってるなんて、ほんと みっともないったら」
「みっともなくて悪かったな。この恰好がいちばん動きやすいんだよ。綿100パーセントのTシャツにデニム!」
「動きやすさより、見た目を重視してちょうだい。恥ずかしい思いをするのは、あなた方と一緒にいる私なんだから。さあ、メンズのフロアに行くわよ」
『こっちは、好きで女児の買い物に付き合っているわけではない!』と、言えるものなら言ってしまいたかったのである、アテナの聖闘士たちは。
言う余裕が与えられていたなら、彼等は 言ってしまっていただろう。
古い馴染みのアテナとアテナの聖闘士たち。
今更 そんなことで遠慮し合うような仲でもない。
だが、残念なことに、アテナの聖闘士たちには その言葉を発するための時間が与えられなかったのである。
沙織が急に駆け出して、紳士服売り場のフロアに向かうエスカレーターに飛び乗ってしまったせいで。
アテナの聖闘士たちは、元気な5歳の女児のあとを、慌てて追いかけるしかなかったのだった。






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