「僕は、泣き虫の子供だった。毎日 つらいことばかりで、生きてることの何もかもが つらいことだけでできていて……。聖闘士になんかなりたくなかった。人を傷付ける術なんて覚えたくなかった。聖闘士がどういうものなのかを知ってからも、その気持ちは変わることはなかったよ。大人たちは僕たちを守ってくれないのに、どうして そんな人たちが生きている世界を守るために 僕たちが つらい思いをしなきゃならないのか、その訳がわからなくて――僕は本当に毎日 泣いてばかりいた」 「そうだなー。おまえ、ほんとに毎日 泣いてばかりだったよなー」 それは、星矢も憶えているようだった。 星矢が しみじみした口調で そう言い、瞬に頷いてみせる。 『おまえは とにかく、泣いていることで目立っている子供だった』と言わないのは、仲間に対する星矢の思い遣りと言っていいだろう。 星矢が言わなくても――それが事実だということを、瞬は自覚していた。 幼い頃の自分は、泣いていなければ 他の子供たちに その存在に気付いてもらうこともできないような卑小で無力な子供だった――ということを。 ――それが大前提。 瞬が小宇宙を燃やす力を手に入れることができたのは、彼が泣き虫の子供だったから。 生きていることを つらく悲しいだけのこととしか思えない子供だったから、瞬は小宇宙を生む力を手に入れることができたのだった。 「僕と同じ子供は守りたかったんだよ。子供には罪はない。何も悪いことしてないのに、つらい目に合わされる子供たちは、この世界からなくしたかった。でも、僕には何の力もなくて、それが悲しくて。自分が弱いことに泣き、強くなるためのトレーニングがつらくて泣き――。僕は本当に弱くて馬鹿な子供だった」 「そんなことはないぞ、瞬。おまえは確かに泣き虫だったが、誰よりも優しい子だった」 「その上、可愛かったしな。誰とは言わないが、どこぞのお嬢様より」 紫龍と氷河の、それはフォローなのだろうか。 瞬は、軽く首を横に振った。 「そんな時に――夏になりかけてた頃だよ。僕は、城戸邸の庭で傷付いたツバメを見付けたの。空中でカラスに襲われて、城戸邸の庭に落ちてきたみたいだった。背中に嘴で突かれたらしい傷があって、血が流れてて――その子は死にかけてた。その子の身体を地面から拾い上げるのも、僕、恐かったよ。僕の手の中で、その子が死んでしまったらって思うと、ほんとに恐かった。でも、勇気を奮い起こして、その子を拾い上げて――お医者様に連れていくことなんてできないから、僕、庭師のおじさんのところに その子を助ける方法を訊きにいったの」 「野生の鳥は、たとえ怪我をしていても保護するのは まずいんじゃないか。確か、鳥獣保護法で禁じられているはずだ。人間は野生に介在してはならない――」 それが野暮な発言だということは認識できているらしい顔で、紫龍が言う。 瞬も、それはわかっているという目をして、彼に頷いた。 「うん。庭師のおじさんも そう言ったよ。でも、僕は あの子を どうしても助けたかった」 「だろうな。すまん。詰まらんことを言った」 紫龍が すぐに彼の野暮を詫びてくる。 そんな紫龍を、情より義に生きようとして だが情を捨てきれない龍座の聖闘士らしいと思い、瞬は微笑した。 「庭師のおじさんは、このことは秘密にしておいてやるっていって、僕にどうすればいいのかを教えてくれたんだ。おじさんも家で小鳥を飼っているとかで、ツバメの傷を手当して、ウグイス用のエサまで持ってきてくれた。――ツバメって、黒い鳥だと思ってるでしょ。違うんだよ。ツバメの身体は青いの。黒に近い濃紺で、間近で見ると、宝石みたいに輝いてるの。綺麗な あの子は、2週間くらいで飛べるようになった。あの子が 嬉しそうに空に飛び立つ姿を見た時には本当に嬉しかった」 「まあ、鳥獣保護法違反は 既に時効だろうな」 「ありがとう」 法に反したことをしてしまった仲間を、今更 告発する気はない。 そう言ってくれる仲間に、瞬は礼を言った。 『既に時効』 鳥獣保護法に時効があるのか、あったとして それはどれほどの期間なのか。 瞬は それを知らなかったが、『既に時効』という言葉は、瞬に しみじみと時の経過を思い起こさせることになったのである。 あれから、それほど長い時間が過ぎたのだ――。 |