翌日、瞬は、確認のために もう一度 氷河に電話を入れてみることにしたのである。
まさか 喋る猫に会ったなどという非常識なことを仲間たちに言うことはできず、それがハーデスかもしれないと告げることは、なおさらできず――当然 確認の電話の会話を仲間たちに聞かれるわけにはいかないので、瞬は電話を持って庭に出た。
瞬の姿を認めた黒猫が、すぐに その足元に寄ってくる。
頼れる者は瞬しかいないと言わんばかりの視線を向けられて、瞬は泣きたくなった。
彼がハーデスに支配されてさえいなかったなら、冷たい風の吹く野外で凍えながら一夜を過ごした気の毒な猫を抱き上げ 抱きしめてやることもできるのに、この しなやかな身体を支配しているものが冥府の王の意識であるばかりに、瞬は そうすることができないのだ。
アテナに相談すべきなのかもしれないという思いもあったのだが、この猫がハーデスなのであれば、瞬は この件に関して自分一人で片をつけたかった。

「氷河、ほんとに黒猫のこと、知らない? 心当たりもない?」
今日も氷河は電話に出てくれた。
シベリアに行っている氷河に瞬が電話をかけたことは これまで一度もなかったので、氷河は二日連続の電話を不審に思っているようだった。
「どうしたんだ、いったい。昨日から猫がどうのこうのと。猫を飼いたくなったのか? サイベリアンが所望か?」
まるで見当違いのことを言ってくる氷河に、瞬は、無意味と知りつつ、首を横に振った。
極寒のシベリアを たくましく生き抜くサイベリアン。
今 自分の足元で かつては敵だった人間を見上げている猫がサイベリアンだったなら、少しは氷河に関連づけて考えることもできるのに、そして、寒そうで かわいそうと思わずに済んだかもしれないのに、黒猫ハーデスはどう見ても短毛種。
出身地から彼を氷河に結びつけることには無理があった。

「生きているサイベリアンを連れて帰るのは無理だから、猫のマトリョーシカでも土産に買って帰るか」
何も答えずにいる瞬に(実際は、何も答えられなかっただけなのだが)、氷河が彼らしくない軽口を叩いてくる。
「猫のマトリョーシカ? 可愛いかもしれないね」
はっと我にかえって、瞬は、氷河に心配をかけないために、急いで その軽口に応じた。
「探して、買っていく」
氷河には どうやら 自分が軽口を叩いているという自覚はないらしく、彼は 至極真面目な口調で 瞬に そう告げてきた。

「うん。あの、なるべく早く……」
「ん?」
「ううん。何でもない。こっちは平和だから、ゆっくりしてきて」
『こっちは平和だから、ゆっくりしてきて』
そんな心にもないことを言う自分が嫌で、氷河の答えも聞きたくない。
瞬は氷河の返事を待たずに電話を切り、猫に気付かれぬよう 両の肩を落としたのだった。






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