『ハーデスに騙されてはならない』 『彼の言葉を信じてはならない』 相手は、アテナとアテナの聖闘士の敵だったもの、地上を死の世界に変えようとしていた(人類にとっての)邪神。 彼の言葉に乗せられて期待してはならない。 それはわかっている。 だが、少しでも希望があるのなら、その希望を無視できないのがアテナの聖闘士の性。 黒猫のいないところで2時間 思い悩んだあと、瞬は意を決して氷河に電話を入れてみたのである。 シベリアにいる氷河と、日本にいる自分。 その二人が電話で やりとりをすれば、自分が ためらう時間も、氷河が戸惑う時間も、物理的な距離の生むタイムラグの中に紛れることになる。 二人の間に不自然な間が生じても、タイムラグのせいだと思ってしまうこともできるだろう。 そう思えることが、瞬に勇気を運んできた。 「あの……氷河、早く帰ってきて。氷河がいないと、僕、寂しいの。すごく寂しいんだ」 「瞬?」 会話の間に生じる長い間は、二人を遠く隔てている距離が生むタイムラグなのか、氷河の戸惑いが生む空白なのか。 後者だったとしたら、いたたまれない。 「い……嫌なら、無理にとは――」 だが それはおそらく後者なのだと 瞬が諦めかけた時、二人を遠く隔てている距離が生むタイムラグを吹き飛ばす勢いで、氷河からの答えが返ってきた。 「す……すぐ、帰る! あ、いや、だが、まだ猫のマトリョーシカを見付けていないんだが」 「そんなのより、氷河に会いたい」 「帰る! すぐ帰る!」 それが、氷河の答えだった。 そんなふうにして氷河の答えを手に入れた瞬は、その途端、浮かれて調子に乗ってしまったのである。 |