一辺が50メートルほどの正方形の城。
2階、3階、4階は25メートル四方の部屋が4つ。
驚くほどの単純構造。
部屋と部屋を隔てる壁の厚さも全階 同じ。
隠し部屋を作ることが不可能なのは、幾何学や建築学を学んだことのない子供にもわかることだと思っていたのに、これはどういうことだ?
俺はキツネにつままれた気分で、小さな寝台と 小さなチェストを兼ねた卓と小さな椅子が一つずつあるだけの部屋を視界に映していた。

「氷河が探していた隠し部屋というのは、ここのことだと思うけど……。僕が見付けたの。隠れるのに最適で、僕、ここで、人の目に触れないように暮らしていたんです」
「馬鹿な……こんな部屋があるはずがない」
呆然として、独り言のように そう呟いた俺に、瞬が この城のからくりを説明してくれた。
「2階と3階はそうなの。同じ大きさの4つの正方形の部屋がぴったりくっついて、縦横2倍の大きな正方形を作っている。それは多分、4階も同じ造りになっていると思わせるための罠っていうか、隠し部屋を探す者に 先入観を持たせるための前座のようなもので――僕も この城に来た当初は ずっとそうだと思ってた。2階3階4階に だだっ広い正方形の部屋が4つあるだけなんだと。もっと狭い部屋でないと落ち着けないなあ……って。でも、窓からの光の入り方を見ていて、何か変だなって思ったの。2階3階4階と同じ位置にある窓から入る光の届く場所が、4階だけ長く感じられて――4階だけ部屋の壁が他の階の壁より短い。4階だけ、4つの部屋は少しずつ ずれて隣接している。そして、その4つの正方形の中央に正方形の小部屋ができていることに気付いたの」

「しかし、それでは――」
それでは、それでは4階の外観が綺麗な正方形にならないだろう。
「もちろん、それでは、4階全体が、そのずれの分、ちゃんとした正方形を作れないんですけど、そのずれの分は外階段の踊り場になっていて、部屋と回廊と階段全体で見ると 2階3階4階の総面積は同じだから、隠し部屋を作る空間があることに、人は気付かないんですよ」
4階だけ、4部屋の正方形が小さい?
ずれている?
中央に、小さな隠し部屋?
俺は、建築に関しては全くの素人だ。
その上、生来の大雑把。
25メートル四方の部屋が、4階だけ23メートル四方の部屋になっているなんて、そんなことに気付くか、この俺が!

――と、隠し部屋の種明かしをしてくれたのが瞬以外の誰かだったなら、その誰かに向かって俺は毒づいていたに違いない。
それが瞬だったから、俺は、口汚く この城の設計者を罵らずに済んだんだ。
瞬の前で、あまり聞き苦しい言葉を吐きたくはなかったから。
そして、俺なら、この城に100年 暮らしても 隠し部屋を見付け出すことはできなかっただろうと、正直に告白することもしたくなかったから。
1日2日の時間があれば、俺も そんな隠し部屋の一つや二つはすぐに見付けていただろうという顔をして、俺は瞬に頷いてみせた。

「なかなか うまくできているな。窓もないのに部屋の中が明るいのは、天井が明かりとりになっているからか」
とか何とか、余裕をぶっこいて(それは、ただの振りなんだが)、室内を見まわす。
そう、隠し部屋の中は 明るかった。
瞬が、俺を この部屋に案内するのに この時刻を指定した訳が、その段になって初めて 俺には わかった。
天井の明かりとりから最も多くの陽光が室内に取り込まれる時刻を、瞬は選んでくれたんだ。
瞬は、この隠し部屋のことを隠す気が全くないらしい。
おかげで俺は、その部屋の様子を照明なしで詳細に確認することができた。
寝台、チェストを兼ねた卓、椅子。
他に、生活のための細々したものがあるだけの、その部屋の様子を。

「何の変哲もない――宝も隠されていなさそうだな」
「宝?」
俺が口にした言葉に、瞬が首をかしげる。
「この城に隠し部屋があることを知ったら、そこに金銀財宝が隠されているんじゃないかと疑った 生きている人間たちが、大挙して この城に押しかけてきそうじゃないか。そんな奴等に平穏な日々を乱されたくないと思ったんだ」
つい口を滑らせてしまった言葉をごまかしがてら、俺は さりげなく瞬に探りを入れてみた。
瞬が疑うふうもなく、俺に澄んだ微笑を投げてくる。
「僕が この部屋を見付けた時には、古ぼけた箱が一つあるだけでしたよ。中に青銅のかけらが入ってて、きっと、この部屋に収められた時には、ちゃんとした形の彫刻か何かが入っていたんだと思います。多分、この部屋は物置として作られたものなんでしょうね。この城から住人たちが引き揚げる時、さすがに壊れた彫刻までは持っていく気になれなくて、ここに捨てていったんでしょう」
「そうか……」

もしかしたら その箱に何か貴重なものが入っていたんじゃないかと疑ったんだが、俺は すぐに、それは瞬の言う通り ガラクタの入った箱にすぎなかったんだろうと思い直した。
もし その箱に何か仕掛けがあったのなら、俺より100万倍も注意深いだろう瞬が気付かないはずがない。
物置として作られた部屋――おそらく、瞬の推察は正しいんだろう。
本当に狭い、小さな部屋。
人が一人 隠れて暮らすには ちょうどいいのかもしれないが――その ちょうどよさが、俺は むしろ切なかった。

「おまえは 永遠にここにいるつもりなのか?」
幽霊は寂しさを感じないんだろうか。
『おまえは、こんなところに一人でいて寂しくはないのか』と、暗に俺は瞬に尋ねてみた。
俺のその問い掛けに、瞬が寂しそうに瞼を伏せる。
「僕はもう、ハインシュタインには帰れないし」
幽霊にも、寂しいという感情はあるらしい。
それは安堵すべきことではないと思うのに、なぜか安堵して、俺は今度ははっきりと言葉にして瞬に同じことを尋ねた。
「おまえは それで寂しくはないのか」
「それは……だって、でも、僕が帰ったら ハインシュタインの国が滅ぶ。それどころか、僕が この島を出たら、世界だって滅ぶことになるかもしれない。僕、そう言われたの……」

世界が滅ぶ?
何だ、それは。
ポセイドンの使いが そう言ったのか?
笛を持った、俺ほどではないにしても綺麗な男が、おまえにそう言った?
俺は瞬に 確かめようとしたんだ。
それは結構 重要なことだと思ったから。
だが、瞬は、俺がその確認を入れる前に、そんなことは どうでもいいというように 俺に訴えてきた。

「僕、氷河に会えて嬉しかった。あの……明日も会ってもらえるかな。生きている人と接するのは駄目って言われたけど、幽霊ならいいと思うんだ」
遠慮がちに、瞬が俺に そう言う。
その眼差しと全身で、寂しい寂しいと訴えながら。
瞬のその様子を見て、俺は胸が痛んだんだ。
権力争いの犠牲になって命を落とし、故国に帰ることを禁じられ、たった一人で こんな島に押し込められることになった瞬。
ポセイドンは有力な神だ。
だが、神だからって瞬の自由を奪う権利を持っているだろうか。
強者は、他者から その自由を奪う力を持ってはいても、その権利までは持っていないはずだ。

瞬が生きている人間だったら、俺は瞬を聖域に連れて帰るのに。
この際、男子でも構わない。
そんなことは気にならないほど、瞬は美しい。
美しくて可愛くて健気な、俺の幽霊。
俺は もちろん、明日も会おうと 瞬に約束した。
明日も明後日も――いっそ永遠に、俺を この島の外に運ぶための船が やってこなければいいのに。
無意識のうちに――多分 俺はそんなことを願っていた。






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