瞬のおかげで、労せずして見捨てられた城の隠し部屋は見付かった。
そこに宝はなかったが、いざとなったら 壊れた彫刻が入っていたという箱を持ち帰り、『隠し部屋には これしかなかった』と言って、それをアテナに差し出せばいい。
美女ではないが、超美形の幽霊の存在も確認できた。
100パーセント アテナの望み通りというわけではなかったが、アテナに命じられた任務を、俺はすべて果たしたことになる。
それは つまり、例のやり手の商売人の爺さんの船が来るまで、俺がこの島でしなければならないことは なくなったということで――翌日から、俺は、何も見るべきもののない城の中で、時間のほとんどを瞬と共に過ごすことになった。

城の中には見るべきものは何もなかったが、城から眺めることのできる地中海の風景は美しく、しかも、それらの風景は日々 変化する。
アソス島は、確かに、観光地としては無理でも、町の喧騒を離れ 美しい風景の中で悠々自適に過ごしたい人間のための保養地としてなら 最適の場所と言えなくはない――かもしれない島だった。
そのためには 宿泊施設の整備が必須だろうが、さすがに そこまでは俺の心配するようなことじゃないからな。
俺は、日々 刻々と色合いの変化する地中海の風景より、瞬の姿を眺めて、アソス島での残りの時間を過ごしたんだ。
うん。
この島の いちばんの観光資源は、やはり美形の幽霊だな。
瞬は、姿が美しくて 目の保養になったし、その心根が優しく温かくて、瞬に接することは心の保養になった。
見るべきものはおろか、娯楽施設一つない その島で、俺は一瞬たりとも退屈を感じることがなかった。

「滅んでも構わないとは考えないのか。おまえの故国は、おまえを排除しようとした国なんだろう。おまえは 大公妃を憎んではいないのか」
ある日、俺は 瞬に そう訊いてみたんだ。
憎しみの心があれば、人は寂しさを忘れることができる。
瞬の命を奪った大公妃、瞬を排除した故国を憎めば、少しは瞬も その寂寥感を減じることができるのではないかと考えて。
瞬は 寂しそうに、だが はっきりと首を横に振った。

「憎むことはできないの。大公妃様の姫君はパンドラ姫という名で、亡くなった弟君の代わりに、僕に優しくしてくれた。正統の公子様が亡くなって 大公妃様が僕を疎んじるようになってから、それまで公子様にばかり目を向けていたパンドラ姉さまが僕を気に掛けてくれるようになって――大公妃様が僕を疎んじるようになったのも、パンドラ姉さまが僕を気に掛けてくれるようになったのも、すべては愛情から出たことで、愛情の示し方が人によって違うというだけのこと。憎むことなんて できないよ。それに、僕よりパンドラ姉さまの方が気丈で度胸も決断力もあるから、大公位はパンドラ姉様が継いだ方がいいの」
「しかし、憎めるものがいないのは つらいだろう」
「僕はパンドラ姉さまも 大公妃様も大好きなの。愛する人の幸せを願うことのできる自分を幸福な人間だと思う。その人たちのためにできることが 僕にはあって、実際 そうすることができているんだから」
「……」

瞬が 愛する人たちのためにできることというのが、この城に隠棲することで、そのために 瞬は孤独に耐えているというのか?
そんな寂しい幸福があっていいものだろうか。
憎んだ方が絶対に楽だ。
その方が楽になれるということは、瞬もわかっているだろうに。
俺は、瞬の健気が哀れに感じられてならなかった。
生きている人間だったなら、瞬を聖域に連れて帰ることができるのに――。
聖域にいるアテナや俺の仲間たちは皆、瞬の善良や優しさを愛するだろう。
聖域に行けば、瞬は、人を愛するだけでなく、人に愛されることもできるようになって、その寂しさも少しは軽減される。
瞬が生きている人間だったら、どんなによかったか。

最初のうち、俺は そればかり望んでいた。
“瞬が生きている人間だったら、どんなによかったか”と、それだけを。
だが、失われた命を取り戻すことは、アテナにもできない。
ギリシャの神々にできるのはせいぜい、亡くなった者の命を花や動物に宿らせることくらいで、冥府の王ハーデスにすら、かりそめの一瞬の命を肉体に宿らせることはできても、真に死人を生き返らせることはできないと聞いている。
瞬を生き返らせることはできないんだ。
ならば いっそ 俺が死んで本物の幽霊になってしまえば、俺は永遠に瞬と一緒にいられるようになるんだろうか――。

そんなことを、俺は考えるようになっていた。
瞬の姿を見、瞬と言葉を交わし、その優しさ 善良さに接するほどに、俺は瞬に惹かれていき、この恋を実らせるにはどうしたらいいのかと、俺は そればかりを考えるようになっていた。
俺の恋の最大の障害は、瞬が死んでいるという事実――その一事だけだ。
では、その一事を障害でなくするためには どうしたらいいのか。
本当に、俺は それだけを考えていた。
だから、俺は すっかり忘れていたんだ。
俺を幽霊だと信じているから、生きている人間と違って我欲のない幽霊だと信じているから、瞬は その姿を俺に見せてくれているんだということを。






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