そんなふうにして、1ヶ月。
その日、瞬は、これまでとは質問の仕方を変えてきた。
瞬は、
「氷河はマーマだけでいいの? 氷河には、僕もいらない子? いない方がいい?」
と、氷河に尋ねてきたのだ。
「……」
氷河は答えに窮した。
1ヶ月前だったなら、迷いもせず『マーマだけでいい』と答えていたはずなのに。

瞬は、氷河の母とは違っていた。
母と共に暮らしていた時、氷河は 彼女を気に入らないと思うようなことは一度もなかった。
彼女のすることは すべて快く、言葉一つにも仕草一つにも 不快を感じさせるものは存在しなかった。
瞬は、そんな母とは まるで違っていた。
気に障ることを言い、気に入らないことをし、詰まらないことで笑い、泣き――いっそ この家から追い出してしまおうと考えたことも、一度や二度ではない。
実は地上では食事を必要とするのだということを言わずにいた瞬に 空腹で倒れられ、あたふたさせられたこともあった。
氷河にとって、瞬は本当に迷惑で厄介な居候だった。

だが、氷河は、そんな瞬と一緒にいることが楽しかったのである。
瞬に『おはよう』と言ってもらえることが嬉しかった。
瞬に『おはよう』と言ってもらえると、その日一日が楽しいものになりそうな気がした。
星が綺麗だと言って笑顔になり、氷雪の上で歩き方を失敗し 転んでは腹を立て、氷河が白テンの毛皮でイヤーマフを作ってやった時には、暖かいと喜びながら、そのために失われた命のために泣き――瞬は、生きている人間より生き生きしている死人だった。
時折 うんざりするほど鬱陶しいのに、魅力的。
氷河は、『いらない子だ』と言って、瞬に この家から去られてしまいたくなかった。

「いてもらわなければ困る。おまえはマーマからの伝言を持っている重要人物だ」
氷河にしてみれば、それが精一杯の譲歩、かろうじて自らの体面とプライドを保つことのできる ぎりぎりの妥協点だったのである。
『おまえがいないと寂しい』とは、そんな本当のことは、気まずくて今更 言うことはできなかった。

「僕は氷河に いっぱい笑ってほしいよ。そんな氷河を、たくさん見たい。毎日 見たいの」
「できない。笑い方も忘れた」
「……」
それは冷たい答え、冷たい態度だったかもしれない。
実際、氷河に そう言われた瞬は 悲しげに瞼を伏せた。
だが、氷河には、他に答えようがなかったのである。
氷河は本当に笑い方を忘れていたから。
力なく 落とされた瞬の細い肩。
瞬は、このまま――この家の主の冷たさに傷付き悲しんだまま、天国に帰ってしまうのではないかと、氷河は案じたのだが、幸い それは杞憂だった。
そんな やりとりを交わした5日後、瞬は氷河に思いがけない贈り物を持ってきた。






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