瞬からの贈り物――それは、濃紺の布と白いサテンの布を刺繍用の木枠に重ねて張った手製のオーナメントだった。
濃紺の布に、白鳥座を形作る星々の位置に穴があけてあり、薄いサテン地が光を通すようになっている。
「これを太陽や灯かりにかざすと、昼間や雲っている夜にも、氷河の好きな北十字の星が見られるでしょう?」
そう言って、瞬は、得意そうに それを氷河に手渡してきた。

「氷河、浜に打ち上げられる昆布のことを、僕に教えてくれたでしょう。シベリアの海の氷の下に 昆布の群生があって、それが嵐の時に千切れて浜に流れ着くって。ミネラルが豊富だから、村の者たちも拾いに来るって。あれを拾い集めて村に持っていって、布や糸と交換してもらったんだ。手芸なんてしたことはなかったけど、初めてにしては うまくできたでしょう? あの……氷河が喜んでくれるといいなあって思って……」
「……」
海が凍っていない夏場なら ともかく、冬場に浜に打ち上げられた昆布を見付け集めるのは容易な作業ではない。
瞬は かなりの広範囲を歩いて 必死に昆布の千切れ端を探しまわったのだろう。
笑い方を忘れた男に少しでも喜んでもらいたい一心で。

氷河は笑ってやりたかったのである。
それで瞬が喜ぶのなら、いくらでも笑ってやりたかった。
だが――。
「すまん。嬉しいんだ。本当に嬉しい。だが、うまく笑えない……」
苦労のし甲斐もなければ、贈り甲斐もない、贈り物の受取人。
しかし、瞬は、そんな氷河に、
「そう思ってくれるだけで嬉しい」
と言って、笑ってくれた。

そんな瞬を、氷河は健気だと思い、可愛いとも思った。
そして、『もしかしたら いつまでも笑顔を作ることはできないかもしれないが、ずっと一緒に この家で暮らさないかいないか』と、瞬に言いそうになった。
実際に、氷河は そう言おうとしたのである。
『それでもいい』と瞬が言ってくれたなら、自分はどんなに幸福な人間になれるだろうと、氷河は思った。
だが、その時、氷河は思い出してしまったのである。
瞬が あまりに生き生きしているせいで、つい忘れてしまっていたこと。
この家にやってくるまでは、瞬は天国の住人だったということ。
瞬が 死んでいるという、信じ難い事実を。

図々しい礼儀知らずと思い、嘘つきの騙りだと思っていた瞬。
鬱陶しくて、うるさくて、生意気で、面倒なことばかり しでかしてくれる瞬。
だが、いつのまにか、いつまでも一緒にいたいと願うようになってしまった人。
『そうね。もしかしたら、理由もわからないまま いつのまにか好きになっているものこそが、人にとって本当に大切なものなのかもしれないわね。理由がある“好き”は、その理由がなくなったら、好きでなくなってしまうかもしれないもの』

氷河の大切な人は二人共、氷河とは違う世界の住人だった。






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