翌朝。
氷河は、自分が昨夜 瞬と大人の関係になろうと決意したことを忘れていた。
否、忘れてはいなかったが、その気が失せていた。
だから 氷河は、
「氷河、おはよう」
という瞬の朝の挨拶も、至って心穏やかに受けとめることができたのである。
「ああ」
それは、これまでに迎えてきた ほとんどすべての朝と同じ挨拶だったのだが――昨日も、氷河は、瞬に『おはよう』と言われ、『ああ』と答えていたのだが――なぜか瞬は氷河の前で首をかしげた。

「氷河、何かあった? いつもと違うみたい」
「いや、いつもと同じだ」
「そう? でも、何か……」
他の何も顧みることのない情熱を持っていた昨日までの白鳥座の聖闘士と 今日の白鳥座の聖闘士では何が違うのか。
それは、実は氷河自身にも よくわかっていなかった。
瞬を守らなければならないという気持ち、瞬を好きだという気持ちは、他を顧みない情熱をハーデスに渡した今も、確固として氷河の胸中に存在していたのだ。

「いつもと同じだ。ちゃんと、おまえが可愛く見えている」
「え」
特に意識していたことはなかったが、おそらく昨日までの白鳥座の聖闘士も似たようなことを言っていたのだろう応答。
氷河のその言葉を聞くと、瞬は 唇の端を軽く上げて 小さく微笑んだ。
「ほんとだ。いつもと同じだ」
瞬の命、瞬の幸福、瞬の笑顔――白鳥座の聖闘士が守りたいもの。
それは今朝も守られている。
その事実に、氷河は安堵したのである。

自分はハーデスに特に行動を制限されているわけでもないし、彼との約束において 自分が為すべきことは既にした――他の何も顧みることのない情熱とやらを ハーデスに譲渡した。
冥府の王と白鳥座の聖闘士が交わした約束は、あとはハーデスが為すべきことを為せば――彼が瞬に何もしなければ――成立し、守られていることになる。
白鳥座の聖闘士が改めてしなければならないことは、もう何もない。
つまり、白鳥座の聖闘士は、これまで通り、彼がそうしたいように振舞っていていいのである。

瞬の命、瞬の幸福、瞬の笑顔――白鳥座の聖闘士が守りたいものは守られている。
自分が守り抜いたものに、氷河は微笑を投げかけた。






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