Andromeda






『宇宙人はいる』
俺は、そう信じている。
地球に地球人がいるんだから、広大無辺の宇宙に 地球と同じように命を育んだ星があっても 何の不思議もない――なんてことを言うつもりはない。
俺は宇宙人を見たことがある。
だから、俺は その存在を信じている。
ただ それだけだ。

俺が宇宙人を見たのは、忘れもしない、今から12年前。
俺が小学5年生の正月2日だった。
年明け早々 宇宙人に会うなんて、我ながら縁起がいいのか悪いのか。
ともかく、あの日あの時 宇宙人に会ってしまったことが、俺の運命を変えてしまったんだ。
宇宙人の あの姿――。
俺は、今でも はっきりと脳裏に思い描くことができる。
あの不思議な経験、あの夢のような出来事は、忘れろと言われても忘れられるものじゃない。
だから俺は、あれから12年後の年明け早々、小学校卒業以来ずっと連絡を取っていなかったスズキから突然『会わないか』という連絡をもらった時、平生の出不精を忘れて、新宿の飲み屋に出掛けていったんだ。
スズキ ヒロシ。
それは、12年前の正月に、俺と一緒に宇宙人を見た、当時のクラスメイトだったから。

俺は今、23歳。
数ヶ月前に 2流の大学を卒業し、それを機に実家を出て、今は小さなマンションで一人暮らし。
企業に勤めているわけじゃないが、働いていないわけでもない。
俺の仕事は、まあ、売れない雑誌の雑文書きといったところか。
俺は小学5年生の時の宇宙人との出会いから こっち、真面目に心底から宇宙人の存在を信じ疑ったことはないんだが、俺以外の人間はそうじゃない。
中学高校時代を通して、俺は、本気で宇宙人の存在を信じている人間に ただの一人も出会うことがなかった。
で、高校を卒業して大学に潜り込んだ時に、暇に飽かせて、宇宙人はいると主張するブログを開設したんだ。
そのブログで、俺は、ほとんどヤケのように宇宙人はいるという持論を主張しまくった。

俺にかかったら、卑弥呼も 菅原道真も 崇徳天皇も 平将門も 豊臣秀吉も 西郷隆盛も、みんな 宇宙人だ。
そもそも卑弥呼や 菅原道真が地球人だなんて証拠がどこにある?
崇徳天皇や平将門が地球人だなんてことは、誰にも断言できないことだ。
俺は、そうしろと言われれば、ハリウッドの美人女優だろうが、人気絶頂アイドルだろうが、あれこれと理屈をこねて宇宙人に仕立て上げることができる。
より正確に言うなら、地球人だとは限らないと論証することができる。
お笑い芸人だろうが、スポーツ選手だろうが、どこかの国の国家元首だろうが、俺のマンションの隣りの部屋にいるサラリーマンだろうが、俺の手にかかったら あっというまに100億光年の彼方から地球に飛来した宇宙人だ。

俺は俺のブログで そういう見解を発表し続けたんだ。
至って真面目に、真剣に。
それは絶対に あり得ないことじゃないんだと。
それが荒唐無稽で面白いというんで人気を呼び、俺は まもなく(知る人ぞ知るレベルだが)、結構な有名ブロガーになった。
そんな俺のブログの文章が、ある出版社の編集部の目にとまり、本を出すことになったんだ。
それは、ノストラダムスの大予言、ファティマ第三の予言、マヤ暦の予言、これまで様々なオカルトブームや預言ブームを起こしてきた出版社が新たなるブームを起こすことを狙っての企画だったらしい。
俺の宇宙人本はブームを起こすところまではいかなかったが、一定数は売れたようだった。
それなりに まとまった印税も入ったし、その出版社が発行しているオカルト・ミステリー雑誌で連載を持たせてもらえるようにもなったから。

俺が真面目に書いた文章を 読者が笑える読み物として読んでることは知っているが、それで俺は幾許かの金を得て 何とか生活していけてるんだから、文句を言う筋合いはない。
本音を言えば、俺だって、小学生の時に出会った宇宙人以外の誰かを 本気で宇宙人だと信じてるわけじゃないしな。
豊臣秀吉も西郷隆盛も地球人だったに決まっている。

12年振りに スズキから連絡があったのは、たまたま某巨大古本屋で俺の書いた本を目に留めたから。
そう、スズキは言った。
俺はペンネームを使ってなかったからな。
俺の名を憶えていたスズキは、出版社に俺の連絡先を問い合わせるメールを出し、そのメールが俺のところに転送されてきた――というわけだ。
(どうでもいいことだが、あの古本屋というのはどうにかならないもんだろうか。古本屋で本を買われても、俺の懐には一銭の金も入ってこないんだぞ。実に理不尽な話だ)
まあ、それは さておき。

出不精の俺が スズキに会う気になったのは、スズキから連絡が入ったのが、そろそろ本気で あの宇宙人との出会いを1冊の本にまとめたいと俺が考え始めていた時だったからだ。
歴史上の著名人を面白おかしい理屈をこねて宇宙人に仕立て上げるのは簡単だし、書籍として発行すれば 歴史上の人物のネームバリューで、ある程度 その本は売れる。
しかし、題材が名も知れぬ宇宙人となると、そうはいかない。
緻密な論証、客観的な証拠、できるだけ多くの証人を提示することが必要になる。
なにしろ、大抵の人間は――俺の本を出してくれている編集部の人間たちでさえ――宇宙人の存在を信じていないんだから。

俺は まず、今のスズキはどうなのかを確かめてみたかった。
俺たちが出会った宇宙人の存在を、奴がまだ信じているのかどうか。
そして、本にまとめるのに、俺の記憶に誤りがないか確認したかった。
俺が気付いていないことにスズキに気付き、俺が見落としていたことをスズキが見ていた可能性があるかもしれない。
俺は その情報を得たいと考えていた――言ってみれば、取材、仕事の一環だ。
まあ、そういうわけで、新しい年が明けて間もない その日、俺はスズキと約束した新宿のサラリーマン御用達の居酒屋に向かったんだ。
飲むことになるだろうから、車じゃなく電車で。
電車に乗るのは半年振り。
夕刻、都心に向かう電車は空いていた。
車の運転をしなくていいんだから 目的地まで寝ていようと思っていたんだが、目を閉じても眠ることができず――いつのまにか俺は 小学5年生の時の初めての宇宙人遭遇の記憶を辿り始めていた。






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