その日が今年の最初の営業日だという居酒屋で、俺は11年振りのスズキとの再会を果たした。
俺と同じだけ歳をとったスズキは、だが、俺よりは堅実な人生を歩んでいるらしく、某文房具メーカーに就職したということだった。
「タナカノボルなんて ありがちな名前だから、まさかとは思ったんだが、著者来歴を読んで、おまえだとわかったんだ。おまえが あんな本を出してるなんて驚いたぞ。国語の成績は、俺とどっこいどっこいだっただろ」
お互いに近況を報告し合ったあと、スズキが 俺の本に言及してくれたんで、俺は あの時の経験を一冊の本にまとめたいという計画を 旧友に打ち明けたんだ。
おまえからの連絡は、渡りに船だったと。

「まさか、おまえ、あの時 俺たちを助けてくれた人まで 宇宙人に仕立てあげるつもりなのか?」
スズキは笑って――いや、どちらかというと呆れ顔で、そう言った。
卑弥呼や菅原道真は9分9厘 地球人だろうが、あの時 俺たちを救ってくれた人だけは宇宙人に決まっていると確信していた俺に、スズキの言葉は信じ難いものだった。
あの人間離れした運動能力、あの人間離れした姿を、スズキは地球人のそれだと思っているのか?
まさか そんなことがと 俺は思ったんだが、どうやら その“まさか”だったらしい。
スズキは、ごく普通の ありきたりな子供時代の思い出を懐かしむ口調と表情で、そして暗に いさめるように言った。

「それにしても、俺たちを助けてくれた あの人は誰だったんだろうな。わかるのは外国人だってことくらいで、俺たちを観光協会の事務所に連れていって、そのままどこかに消えてしまったし」
俺は、スズキのその言葉に違和感を覚えた。
スズキは何を言っているんだろう。
「外国人とは限らないだろう。日本語を話していたし、確かに日本人離れはしていたが、日本人じゃないとは――」
まあ、宇宙人の国籍がどうなっているのかなんてことは、俺も知らないんだが。
「何を言ってるんだ。あんな金髪、日本人のはずがないだろう」
「淡い色だったけど、金髪ではなかったろう。目だって、黒と言えば言えないこともない色だった」
「黒? おまえは何を言ってるんだ。髪は金髪、目は碧眼。あれが日本人だったら、俺たちだってフランス人を騙れるぞ」
「……」

俺とスズキの記憶は、全く違っていた。
俺が記憶している宇宙人は、小柄で淡い色の髪、黒い瞳、優しく親切で、温かい印象の綺麗な女の子。
だが、スズキが憶えている“人間”は、日本人とは骨格が違う体躯の持ち主で金髪碧眼、ろくに口もきかず、終始 不機嫌そうな冷たい印象の若い男――だった。

「おまえこそ、何を言ってるんだ。若いことは若かったが、滅茶苦茶 可愛い女の子だったじゃないか。俺はずっと彼女を 妖精なのか宇宙人なのかと判断しかねていたくらいなんだぞ」
「確かに、子供心にも腹が立つくらい 顔立ちの整った男だったが、あれは 可愛いなんてもんじゃなかったろう。妖精? 宇宙人? 確かに不思議な力を持っていて、遠回りするのが面倒だと言って川を凍らせた――ような気はしたが、俺は夢を見ていたんだ、きっと……」
「俺も見た。俺が寒くて凍えてたら、俺を抱きしめて温めてくれて、俺と彼女の周りだけが 春みたいになって、花が咲き出した。だが、あれは断じて夢なんかじゃなかった」

俺とスズキの記憶の食い違い。
スズキと会って、あの時のことを話したおかげで、俺は思い出したことがあった――ある可能性に気付くことができた。
俺を助けてくれた宇宙人と スズキを助けてくれた宇宙人は、それぞれ別にいた。
宇宙人は二人いたんだ。
考えてみれば当たりまえのことだ。
俺があの人と観光協会のビルに入っていった時、スズキは俺より先に そこに来ていたんだから。
スズキが誰か――俺を助けてくれた あの人とは別の誰かと事務所にいたことも、俺は憶えている。
だが、俺は勝手に、宇宙人っていうのは みんな同じ姿をしているものだと決めつけていたんだ。
俺たちを助けてくれた宇宙人を ひとまとめにして考えていた。
地球人に個性があるように、宇宙人にだって個性があっても、それは不思議なことでも何でもないのに。
崇徳天皇や西郷隆盛――個性的な歴史上の人物を宇宙人に仕立て上げておきながら、俺は そんな可能性にさえ思い至っていなかった。

個性的な宇宙人――。
11年振りにスズキに会って、あの時の話をして――俺は今度こそ本気で、12年前の あの出来事の真相を調べてみる気になったんだ。






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