「あれが ほんとに氷河と同じ遺伝子でできてるのかよ? やーな奴」 客人がいなくなった客間で、客人の姿を呑み込んだドアに向かって、星矢が毒づく。 喧嘩っ早い星矢が 不愉快な客人に殴りかかっていく事態にならなかったのは、ひとえに 氷河の彼らしくないクールな対応によるものだったろう。 おかげで 星矢は、彼自身が行動に出るまでもなく、留飲を下げることができた。 不愉快な客人を 自分の手で直接 叩きのめさなくても、星矢は 既に ある程度 彼をやり込めた気分になっていたのだ。 そういう心境には なれずにいた瞬が、自身のクローンに“持たざる者”“恵まれていない者”と断じられてしまった氷河の気持ちを気遣っている眼差しで、氷河の瞳を見上げる。 「氷河……あの……」 氷河は――氷河もまた、そんな瞬に気遣いの視線で答えることをした。 「そんな心配そうな顔をするな。あの男に言わせれば、俺は恵まれていない人間で、育ちも悪いんだろうが、俺は俺を愛し育ててくれたマーマを愛しているし、自分が恵まれていないと思ったこともない。おまえがいてくれるし、ろくでもない野郎ばかりだが、信じられる仲間もいる」 「ほんと? 強がってない? 無理してない?」 「無理などしていない。冷静に考えてみろ。この境遇になければ、俺は聖闘士になれなかった。おまえにも会えなかった。おまえのいない人生を、俺が望むと思うか。おまえに会えない人生、おまえに愛されない人生を?」 「氷河……」 うっすらと涙で潤んでいる瞳で 瞬に見詰められた氷河が、あっさりクール状態の維持を放棄する。 「なぜ、おまえが泣くんだ」 瞬が その瞳に涙を浮かべている時には、すぐに抱きしめ慰めてやらなければならないという考えでいるのか、氷河は その場で 瞬の身体を抱きしめるという暴挙に出た。 「おい、アテナの前で」 「今は特別。構わないわ」 沙織が、氷河を いさめようとした紫龍を制する。 TPOを わきまえていない氷河を、沙織は 今は むしろ喜んでいるようだった。 「安心していいのかどうかは わからないけど、安心したわ」 唇の端に笑みさえ刻んで、沙織が深く頷く。 そうしてから 沙織は、 「氷河に関しては」 と、言葉を続けた。 氷河の仲間たちは、沙織のその言葉に不安めいたものを感じることになったのである。 『氷河に関しては』 つまり、沙織は、氷河のクローンに関しては安心できていないと言っているのだ。 氷河だけが、自身のクローンに対して、異様なほど無感動無反応だった。 |