ここはイスの都。 誰も飢えない――飢えるほど貧しい者のいない豊かな国。 この都の住人には、病も死も老いもない。 当然のごとく、戦も争いもなく、ゆえに憂いらしい憂いもない。 イスの都は神に愛され、イスの都の住人は その運命を神に委ねている。 イスの都に住む者は、神の恩寵によって、努力が必ず報われるようにできている。 耕せば実り、それらが天災等で無駄になることもない。 そのため、民の心は穏やかで、イスの都の民には欲らしい欲もない。 そんなイスの都に比して、イスの都の外にある国々は どれも煉獄。 運命の気まぐれに左右され、努力が報われず、貧しい者と富める者が存在し、不平等で不公平。 それゆえ、誰もがイスの都とイスの都の住人を羨んでいる。 だが、イスの都は、神に従順な選ばれた者だけが住むことを許されている国。 イスの都は、神に愛され守られている理想の国なのだ。 1年前、神がイスの都の新しい王を選び、その即位に合わせて、王の城に勤める者たちの総入れ替えが行われた。 瞬は、新王に仕える数百人の使用人に選ばれ、城にあがり――王との最初の対面の際、王に気に入られ、王の身近で務めることになったのである。 思いもよらぬ光栄――王の厚意と抜擢に報いるため、瞬は誠心誠意 王に仕えてきた。 王は優しく美しく、瞬は彼に仕えることのできる自分を、幸運なイスの都の住人の中で最も幸運な人間だと思っていた。 確かに、この頃、王は、平和で憂いのないイスの都の王らしくなく、苛立ち、憂い顔を見せるようになっていたが、神に守られている このイスの都にトラブルなど起きるわけもなく、王の苛立ちや憂いの原因は瞬にもわからない。 とにかく 王の心を安らげるように努めなければと考え、以前にも増して心をこめて王に仕えようと決意し――そうして、今日も、瞬は王の許に向かったのだ。 そして、あの庭で、突然 記憶が錯乱し始めた――。 瞬が思い出し 整理した、自分の記憶のあらましは そういうものだった。 目眩いは もう収まった。 大丈夫、僕は明日からまた、身命を賭して 陛下に仕える自分に戻ることができる――。 瞬は そう思い、安堵の胸を撫で下ろしたのである。 このイスの都の民は、王の治世の安泰のために生きているようなもの。 王の心を乱すような者は、イスの都にいる権利も価値もない。 だが、もう大丈夫――と。 しかし、そんな瞬の許にもたらされたのは、明日からは王の側にあがらず、城の資料室で 国の歴史資料の管理をするようにという、王の命令だった。 命令を伝えにきた侍従に 理由を聞いても 要領を得ず、瞬はいっそ 王の許に直接 尋ねに行こうかとまで考えたのである。 だが、一介の使用人に そんなことができるわけもなく、瞬は 王に命じられた新しい職務に就くこと以外、できることはなかった。 |