「あんなに しょんぼりさせて……。僕、もう全然平気なのに」 カンバスの脇で肩を落とし 項垂れていた画家の姿。 ベッドに横になるよう命じる氷河に逆らって ベッドに腰をおろしたまま、瞬は氷河の心無い振舞いを責めた。 「絵のモデルというのは、気分がよくないのを我慢してまで務めなければならないことなのか?」 氷河に そう難詰されると、瞬も意地を張り続けることはできなかったが。 画家に悪気がないように、氷河にも悪気はない。 彼は、画家を非難しているのではなく、仲間の身を案じているだけなのだ。 ほうっと、瞬が 遣る瀬ない溜め息を洩らす。 「ウィレムに見詰められてると、何ていうか……。僕が着ているものをすり抜けて――ううん、僕の身体を存在しないものにして、彼の視線が 僕の心や魂の中に入り込んでくるような気分になるの。最近の手術って、身体を切らずに内視鏡を身体に入れてするようになってきてるでしょう。あんな感じなんだ。僕の心の中にウィレムの視線の管が入り込んできて、僕の中の病巣を探しまわってるみたいな――」 「ウィレム?」 「え?」 氷河は引っかかる場所が違う。 どうして そんなことで氷河は むっとした顔になるのだと、瞬は氷河に見てとられないように苦笑した。 「ウィレムに、サーネームじゃなくファーストネームで呼んでほしいって言われて……。いやだって言うのも失礼でしょう」 「失礼なものか。ファーストネームで呼び捨てにする方が、よっぽど失礼だ」 「でも、今更『カプタインさん』に戻ったら、ウィレムは傷付くよ。氷河さんは、僕に礼儀正しく『氷河さん』って呼ばれたい?」 「……」 氷河は、瞬に『氷河さん』とは呼ばれたくなかったらしい。 不愉快そうに口をとがらせはしたが、その件に関しては、彼は それ以上 何も言わなかった。 物わかりのいい(?)氷河に微笑んで、瞬は話題を変えた。 「でも、画家って、誰も あんなふうなのかな」 「そんなわけがあるか。あれが特殊なんだ。あれでは、おまえみたいに感受性の強い人間や 心臓の弱い人間は、奴の視線に さらされた途端に即死する」 「僕、心臓 強いから。でなかったら、僕は、氷河と一緒に眠るたびに 心拍数の異常上昇で 死んじゃってるよ」 「……」 氷河がまた言葉を続けられなくなって、口をつぐむ。 だが 瞬は、そんなふうに氷河を やり込めてでも、絵のモデルを続けたかったのだ。 「今日は、実物より 良く描いてもらいたいって思う心が、僕を不必要に緊張させたんだと思うんだ。明日からは、ありのままの僕を描いてもらえればいいって考えて、リラックスして臨むから」 そういう言葉で氷河を説得し、瞬は 翌日以降も肖像画のモデルを続ける意思を彼に伝えたのである。 |