「最初は どこに行きたい? 海か? 山か?」 おとぎの世界には、美しい花園や、ガラスの山や、不思議なお城等、観光名所が たくさんあります。 もちろん、怪物が出てきたり、凶悪な山賊が出てきたりすることもありますが、そんなのは 冒険の旅をする王子様にとっては楽しいアトラクションのようなもの。 瞬と一緒に どこに行くか、それを考えただけで、氷河王子の心は うきうきしました。 ところが。 そんなふうに浮かれ切っていた氷河王子に、氷河王子と馬の首を並べて道を進んでいた瞬は、使命感に燃えた口調で 行き先を指示してきたのです。 「東の方向だよ。僕たちが最初にしなければならないのは、この世界のどこかにあるハーデス城というお城を探すことなんだ。そこからなら、生きている人間も冥界に行くことができるんだって」 「ハーデス城? どうして おまえがそんなことを知ってるんだ?」 「うん。さっき、厩で馬の準備をしていたら、そこに目が悪くて針に糸を通せずに困ってるおばあさんがいたんだ。だから僕、おばあさんの代わりに針に糸を通してあげたんだよ。そしたら、そのおばあさんが、妖精の化けていた おばあさんで、僕に教えてくれたの。ここから まっすぐ東に行くと、そこに老門という門があって、その門をくぐれば、冒険の道が開かれるだろうって」 どうして厩舎に裁縫をしているおばあさんがいるんだ? なんて、そんなことを考えてはいけませんよ。 そういうことが普通に起きるのが、おとぎの国なのです。 そして、困っている人に親切にすれば、必ず 良い報いがあります。 それが おとぎの国のルールです。 氷河王子の冒険の旅が始まったので、早速 そのルールが発動したのでしょう。 困っている人に親切にしてあげたのは、氷河王子ではありませんでしたけれどね。 やる気満々の瞬に水を差すこともできず、氷河王子は 仕方なく馬の首を東に向けることになったのです。 老門があるという東に向かう馬上で、氷河王子は なんだかちょっと――いいえ、ものすごーく――嫌な予感がしていました。 氷河王子と瞬が北の国のお城を出て まっすぐ東に向かうと、やがて 妖精が化けたおばあさんが言った通り、二人の行く手に大きな門が一つ出現しました。 建物も人通りもない砂漠のようなところに、扉付きの門が一つ、どおぉぉーんと立っている様は、いかにも冒険物語にありがちな奇妙な光景。 最初は、門のこちら側にも 門の向こう側にも砂漠があるだけのように見えたのですが、氷河王子と瞬が その門をくぐると、そこには、薬が苦くて飲めずに困っている病人がいました。 なぜ そんなところに病人がいるんだ? なんて、そんなことを考えてはいけませんよ。 そういうことが普通に起きるのが、おとぎの国なのですから。 瞬は、その病人に 持っていたお砂糖を分けてあげました。 瞬からもらったお砂糖を混ぜて甘くなった薬を飲むことのできた病人は すぐに元気になったのです。 ここで、どうして瞬は 冒険の旅に お砂糖なんか持って出掛けたの? なんて、そんなことを考えてもいけません。 おとぎの国の住人は、困っている人を助けるためのアイテムを常に携帯しているのです。 それを使うか使わないかは、おとぎの国の住人の判断に任せられるのですけどね。 瞬が お砂糖をあげた病人は 実は 悪い魔法使いに魔法をかけられた良い魔法使いだったらしく、瞬に親切にしてもらえたので元の元気な魔法使いに戻ることができました。 そして、おとぎの国のルールにのっとって、瞬の親切に報いてくれたのです。 「ここから まっすぐ南に行くと、病門という門がある。そこをくぐると、あなたたちに いいことがあるだろう」 「ありがとうございます。親切な魔法使いさん」 元気になった魔法使いにお礼を言って、瞬(と氷河王子)は南に方向転換。 良い魔法使いが教えてくれた病門は、小さな町の通りにある門でした。 瞬(と氷河王子)が門をくぐって出会ったのは、老若男女5、6人が泣いている場面。 家族の一員だった おじいさんが今朝 亡くなって、それで みんなは おじいさんの死を悲しみ、おんおん泣いていたのです。 話を聞くと、死んでしまった そのおじいさんは、彼の家の前で吠えていた飢えた老犬を追い払おうとしたのですが、たまたま その老犬が 仙女の化けた犬だったらしく、仙女の怒りに触れて命を奪われてしまったのだそうでした。 惨酷なようですが、それもまた、おとぎの国のルール。 そういうルールがあるから、おとぎの国の住人は 軽率に悪いことができず、おとぎの国の秩序は保たれているのです。 しかも、そのルールは、外の世界の法律なんかと違って、必ず発動します。 偉い人が ずるっこをするとか、お金持ちが お金で罪を逃れるとか、そんなことはできません。 そういう不平等のない世界だから、おとぎの国の住人は、毎日の生活が苦しくても革命や暴動を起こしたりはしないのです。 それが誰であっても――王様でも乞食でも、美しい人でも醜い人でも、若い人でも老人でも――皆が平等に公平に『良いことをすれば良い報いを受け、悪いことをすれば悪い報いを受ける』。 それだけで、人は不満を抱くことがなくなるのです。 瞬が気の毒に思い、亡くなった人に お花を供えてあげると、亡くなった人の家族は、瞬の優しさに感謝して、ここから西に行ったところに死門があるという 魔法の噂を教えてくれました。 そうして、瞬(と氷河王子)が向かった西。 今度の死門は、大きな都の町外れ、瓦礫がごろごろしている場所にありました。 瞬(と氷河王子)が死門をくぐると、そこには一人の神官がいて、この場所に何度 神殿を建てても柱が崩れてしまうと嘆いていました。 そんな神官に、瞬は、神殿を建てようとしている場所の地下に何かがあるのではと助言してあげたのです。 瞬は、氷河王子を幸せな王子にするために、日頃から いろんな王子様の冒険の記録を読んで勉強していたので、そういう助言もできたのでした。 日頃の勉強は大事です。 瞬の助言を聞いた神官が、神殿を建てようとしていた場所を 工夫たちに掘り起こさせると、瞬の推察通り、そこには花崗岩に挟まれて抜け出ることができなくなっている魔法の蛇が埋まっていたのです。 その苦しさで、蛇が地下で のたうちまわるので、建てても建てても そのたびに神殿の柱は崩れてしまっていたのでした。 蛇を岩の間から救い出してやると、地面の震えは すぐに鎮まりました。 喜んだ神官は、瞬に、 「ここから まっすぐ北に向かうと、生門という門がある。その門をくぐると いいことがありますよ」 と、教えてくれました。 自由を取り戻した魔法の蛇も、 「生門をくぐると、鬱蒼とした黒い森の中に 禍々しい城が建っている。その城がハーデス城で、お城の地下室には 冥府に通じる深い深い穴があるんだよ」 と、人間の言葉で瞬(と氷河王子)に語ってくれました。 「ありがとうございます!」 瞬は、貴重な情報を与えてくれた二人(一人と一匹)に丁寧に礼を言って、笑顔全開です。 瞬の満面の笑みは当然のものだったでしょう。 一歩また一歩と、着実に、氷河の『そうして二人は いつまでも幸せに暮らしました』に近付いている手応え(足応え)を感じることのできる、この展開。 良いことしかしない瞬は、その良いことの報いを受けて、旅程は順調そのもの。 大事な目標である“氷河王子の幸せ”が、すぐ そこまできているような気がして、瞬は喜ばずにはいられなかったのです。 氷河王子は、全然 そんなことはなかったのですけれどね。 |