「陛下のいうピンクが、印象の話だとして、でも、印象は自分でも変えられないよ」
「薄桃色の花めいた おまえが、宮廷の皆を惹きつけ 可愛がられているのが気に入らない――というレベルの話ではなさそうだな。ピンクは女の魅力を引き出す色だという持論を持っているようだったから、その力を 男子のおまえが備えているのが気に入らないのか」
「女性の魅力なんて、そんな冗談、やめて。氷河を愛人の列に加えたいのに、ピンクの僕が側にいるのが不愉快なんだって考える方が、まだ筋が通ってるよ」
「それにしても、片手で おまえの服を破くとは。一度 やってみたかったのに、女帝に先を越されてしまった」
帰りの馬車の中で そんな軽口を叩く氷河を視線で たしなめながら、瞬は懸命に今日の出来事を整理しようとしていた。

女帝の、ピンクという色への こだわり方は尋常ではない。
宮廷第一の女性であるために、女性の魅力を引き出す色を独占しようとしているのなら、新参の異邦人が正真正銘の男子とわかっても消えない女帝の敵愾心に説明がつかない。
女帝が ほとんどピンク色のものを身に着けていないことも、その考えに矛盾する。
そもそも彼女は、ピンクという色が好きなのか、嫌いなのか。
そして、女帝の『なぜ、私の帝位が盤石のものになりかけた今になって、そなたは 私の前に現れたのだ』という言葉。
もしかしたら女帝はピンクという色が好きなわけではなく、嫌いなわけでもなく、恐れているのではないか――。

その推察を 氷河に告げると、彼は、
「しかも、女帝のピンク排斥には、どう考えてもロシアの帝位の行方が絡んでいるぞ」
と答えてきた。
氷河も、そのあたりのことには気付いていたらしい。
女帝の『なぜ、私の帝位が盤石のものになりかけた今になって、そなたは 私の前に現れたのだ』という呟きの謎に。

「アテナが調べてこいって言ってたのは、そのことなのかな?」
「だが、俗世の権力などというものは、アテナの聖闘士には最も縁遠いものだ」
「うん……」
これは、アテナの聖闘士が関わっていい問題なのだろうか。
もはや、アテナに指示を仰ぐしかないのではないか。
しかし、すべては推測にすぎず、確証は何一つない。
「雲を掴むような話だな。一応、アテナには報告しておくが」
そう告げる氷河に瞬が頷いた時、馬車はサンクトペテルブルク郊外の氷河の館の前に到着した。






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