ロマノフ朝第6代ロシア皇帝エリザヴェータ・ペトローヴナから、氷河の許に、驚くべき命令が下ったのは、それから5日が経った日の午後のことだった。 「女帝が、3日以内に おまえを女帝の許に差し出すようにと言ってきた」 「え?」 「理由は、私の宮廷にピンクのものがあってはならないから」 「は?」 「命令に従わなければ、警官を派遣して おまえを逮捕、もしくは 軍隊を派遣して おまえを捕縛させるそうだ」 「ど……どうして そんなことになるの !? 」 まさに、『どうして そんなことになるの』である。 いったい このロシアという国はどうなっているのか。 瞬は混乱しないわけにはいかなかったのである。 警官や兵士を すぐに差し向けることなく、3日間の猶予を与えるというのは、その間に 覚悟を決め 虜囚の身になる準備を整えろということなのか、あるいは、虜囚の身になる前に国外に退去しろということなのか。 へたに3日間という猶予が与えられているせいで、氷河と瞬は 女帝の命令に どう対応したものか、迷うことになってしまったのである。 問答無用で捕縛するというのなら、大人しく捕まるか、逃げるしかない。 猶予期間を与えられたせいで、氷河と瞬は女帝の真意を探らなければならなくなってしまったのだった。 「自主的に国外に退去してほしいと思っているのなら、そう命じればいいだけのことでしょう。国外に追放するって。でも、陛下は そう命じてはこなかった。僕、出頭してみるのがいいと思うんだ。そして、陛下の目的を探る。もし処刑されそうになったら、逃げればいいだけのことだし」 「出頭するなんて、冗談じゃない。駄目だ、駄目。処刑されそうになったら 逃げればいいだけのことだと、おまえは言うが、万一 逃げられなかったどうするんだ。あの女は、処刑すると決めたら、必ず処刑する。あの女は、恩情を期待できるような女じゃない。おまえが もし、あの女を説得できるなんて甘い考えを抱いているのなら、そんな考えは今すぐ捨てることだ」 女帝の許に出頭し 事情を探ると言う瞬に、氷河は 真っ向から反対する。 ここで女帝の命令に従わないと軍隊が動くことになるかもしれないと 瞬が言うと、氷河は、普通の人間で構成されている軍隊など 俺が指1本で全滅させてやると、無茶を言う。 二人の主張は、平行線を辿ったまま、一向に交わる気配を見せなかった。 アテナが 星矢と紫龍を伴って、サンクトペテルブルクにやってきたのは、そんな時。 明日が女帝の提示した最終期限という日の夕刻、彼女は、事前の連絡もなく、彼女が氷河のために用意した館にやってきたのだった。 「ああ。氷河、瞬、ごめんなさいね。まさか こんなことになるとは思わなくて――」 不意打ちを食らった形の氷河と瞬が慌てて出迎えに出ると、憂い顔の二人を見た彼女は、その場で突然 けらけら声をあげて笑い出した。 |