「兄さん。兄さんに 会ってほしい人がいるんです」
と最初に瞬が一輝に言ってきたのは、瞬が高校に入学して半月が経った頃。
笑顔の瞬に そう言われた時、ついに その日がきたかと、一輝は にわかに緊張し、武者震いをしたのである。
生来の強面で、しかも仏頂面でいることを常態としている兄と違って、瞬は誰に対しても人当たりがいい。
老若男女を問わず、大抵の人間は瞬に好意を抱く。
瞬の方から積極的にアプローチを図らなくても、瞬と近付きになりたいと願う少女は多いはず。
そういう少女たちの中には 押しの強い者もいて、そういう人種に強引に迫られれば、人を傷付けることのできない瞬には、彼女を冷たく突き放すことはできないだろう。
おまけに瞬は、人間は いい人ばかりだと信じていて、人を疑ったり嫌ったりすることができない。
誰かに強引に交際を求められれば、瞬はその相手と なし崩し的に“お付き合い”を始めることになるのが 目に見えていた。
今時は、女子といえども油断がならない。
女子こそ、油断がならない。
だが、瞬の兄は、“いい人で、嫌いではないから”程度の相手に、瞬と“お付き合い”を始められては困る――と思っていたのである。
友情と恋の区別もつかない瞬に代わって、瞬の兄が その辺りの見極めも行わなければならないと、一輝は考えていた。

もちろん厳しいチェックをするつもりでいる。
だが、チェックが厳しすぎるのも――なにぶん相手は、未熟であることが当たり前の未成年の少女なのであるから、考えもの。
“厳しいチェック”の厳しさにも、限度というものがあって しかるべきである。
少なくとも、『瞬より可愛くないから失格』などと言って、未熟な未成年の少女の心を傷付けるようなことはすべきではないだろう。
が、一言で“未熟な未成年の少女”と言っても、世の中には色々な“未熟な未成年の少女”がいる。
とんでもない性悪女がくるということも あり得ないことではない。
特に、罪悪感のない性悪は(たち)が悪い。
そういう輩は、人に逆らうことのできない瞬を散々に振り回し、瞬の優しい心を疲弊させてしまうだろう。
その手の無自覚性悪は、特に注意して瞬の側から遠ざけなければならない。
―― etc.etc.

瞬が正式な お付き合いを始めたいと思っている相手に実際に会う前から、様々な可能性を考え、案じながら、一輝は、
「では、今週末、家に呼べ」
と、兄の愛情を信じ切っている弟に、面接日を指定したのだった。






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