一輝の不安は、幸いなことに杞憂に終わった。
今日も今日とて、城戸邸の庭で瞬にまとわりついている氷河の姿を見たデストールは、
「あたし、綺麗な男、だいっきらいー !! 」
と雄叫びをあげるなり、神速と言っていい速さで、その身体を球状に変化させ、空中高くに舞い上がったかと思うと そのまま加速度を増して急速降下、白鳥座の聖闘士に向かって華麗なる必殺の桃尻爆弾(ピーチ・ボンバー)『通称 桃爆』を炸裂させてくれたのである。
より正確に言うなら、“炸裂させようとして、炸裂させ損なった”。

痩せても枯れても丸まっても、デストールは蟹座の黄金聖闘士、アテナの聖闘士たちの頂点に立つ男の一人である。
しかし、氷河と瞬もまた、神と戦い、崩壊の危機に瀕した地上世界を救うことを繰り返してきた歴戦の勇士。
青銅聖闘士の身でありながら その身に神聖衣をまとって 神と対峙するという、歴代黄金聖闘士も経験したことのない経験を経てきた戦士。
たとえ黄金聖闘士であっても、ただ一人で立ち向かい 容易に倒せる相手ではなかったのだ。
デストールの誤算は、何よりもまず、氷河が一人でいる時に技を仕掛けなかったこと。
氷河と瞬が二人揃っている時に、彼等に攻撃を仕掛けてしまったことだったろう。
我が身一つの危機に際してなら 滅多に本気にならない瞬も、その危険が仲間にまで及ぶとなれば、話は別。
氷河は氷河で、瞬が傷付く事態を黙って見ていられるわけがなく、その上、彼には 瞬の前では強い男でいたいという個人的な都合と願望があったのだ。

デストールが神速なら、氷河と瞬は超神速。
二人は、幾度も死線をかいくぐってきた戦士の勘と運動能力に ほぼ無意識のうちに導かれ、デストールの華麗なる必殺の桃尻爆弾(ピーチ・ボンバー)『通称 桃爆』に、適時かつ適切かつ的確に対応した。
「氷河、危ないっ。グレート・キャプチュア!」
「瞬、逃げろ! オーロラ・サンダー、いや、フリージング・コフィン!」
「デストール、この馬鹿! 瞬にまで華麗なる必殺のなんとかを食らわせる気かーっ!」
「なによ、なによ、このガキ共、なんで こんなに強いのよ! ぎゃああああ〜っっっ !! 」
音速は、標準大気中で時速1225キロメートル、秒速340メートル。
四人が それぞれのセリフを言い終えたのは、すべてが決したあとだった。

黄金聖衣をまとう身でありながら 青銅聖闘士ごときに後れをとることはデストールには屈辱的なことだったろうが、それは決してデストールに力がないことを示すものではない。
彼は21世紀の青銅聖闘士たちの真の力を知らなかった。
それより何より、彼は本気ではなかったのだから。






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