「兄は、昨夜 急な病を得て、立つこともできない状態なのです。ですが、まさか国王陛下も ご臨席くださる決闘を、我が家の都合で延期するわけにはまいりません。ですから、この決闘には、兄の代わりに 弟の僕が臨ませていただきます」
一輝に弟がいることは、アウストラシア国王も聞いてはいただろう。
だが、一輝は、彼の弟を彼の居城の奥に隠していた。
当然、瞬がアウストラシア国王に会うのは、これが初めて。
アウストラシア国王が一輝の弟の姿を見るのも、これが初めてのことだった。

「それは――元帥が承知していることなら、余は構わぬが、しかし、そなた……剣を持てるのか」
国王の疑念――むしろ懸念――は当然のことだったろう。
花のような風情、華奢な四肢、この世に 争い事があることなど知らぬげな優しい眼差し、やわらかな物腰。
決闘の場に鈴なりになっているアウストラシア王国の貴族や兵士たちも、瞬に対して、王と同じ懸念を抱いていたに違いなかった。

「ええ」
短い返事を返して、瞬が、腰に下げていた剣を取り、構える。
「では、氷河」
王の許可を得るために、正式な手続きを踏んでなどいられない。
そのために この決闘を延期させられては たまらない。
だから――氷河の名を呼び、王の決闘開始の宣言を待たずに、瞬は さっさと氷河との立ち会いを始めてしまったのである。

正午には まだ間があり、僅かとはいえ朝の澄んだ空気の気配が残る時刻。
晴れた空の下に、剣と剣が ぶつかり合う音が響く。
間合いのきり方、呼吸のとり方、剣を捌く際の癖、速さ、そして得手と不得手。
互いの戦い方を熟知している二人の立ち会いは、その動作の一つ一つが流れるように華麗、それでいて 力強いものだった。
それが見世物であることを承知している二人は、それぞれの技巧、多彩な技を、見物人たちに惜しげもなく披露した。
互いの名誉と命をかけた戦いで、二人の息が合いすぎていることを不思議に思う者は、その場には ただの一人もいなかった。
二人の戦いは美しく、その美しさは 見る者の心身を 恐ろしいほどに緊張させるものだったから。

二人の戦いは、なかなか決着がつかなかった。
いつまでも終わらなかった。
そして、二人の戦いが生み出す長い緊張に、先に 耐え続けることができなくなったのは、戦っている二人より、二人の戦いを息を呑んで見詰めている観客たちの方だった。
二人が戦いを始めて1時間ほどが過ぎた頃、正午を知らせる鐘の音が辺りに響く。
「そこまでにせよ」
国王が二人に そう命じたのは、国王の側近くにいた貴婦人の一人が、二人の戦いを見詰めていることの緊張に耐えかね、気を失いかけたせいだった。
氷河と瞬は、もちろん すぐに それぞれの剣の先を下方に落としたのである。
決着がつかぬまま決闘が終わる。
それこそが、二人の望んでいた、この決闘の決着だったから。






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