エスメラルダは、一輝より自分の方に より深い好意を抱いている。
ほとんど そう確信し、一輝が その事実を知ったら どれほど悔しがるだろうかと 得意な気分でいた氷河の自信は、しかし、翌日にはもう 不安に変わってしまっていた。
鳳凰座の聖闘士より白鳥座の聖闘士が好きな(はずの)エスメラルダに、氷河同様 食事等の世話をしてもらっている一輝が、やたらと機嫌がいいのだ。
そして、エスメラルダが自分にどれだけ細やかな気遣いを示してくれるか、どれほど可愛らしい所作や表情を見せてくれるのかを、自慢げに氷河に語ってくる。

曰く、『ちょっと手が触れただけで、真っ赤に頬を染めて、その手を背後に隠してしまった』
曰く、『現在の境遇を嘆いたら、エスメラルダは瞳を涙で潤ませ、自分には何もできないことを つらそうに謝ってくれた』
曰く、『エスメラルダは本当に可愛い』
曰く、『あれほど清純な少女が、この世に存在したとは』
――等々。

一輝に そんなことを言われると、同じ少女に恋している男として、氷河も対抗心を隠していられなくなる。
少しでも一輝の自信を挫いてやろうと、氷河は氷河で、自分の見たエスメラルダの優しさ、可愛らしさを、一輝に対して言い募り――ほどなく二人は、自分たちが恋敵同士だということを自覚するに至ったのである。
こうなると、もともとアテナイの馬鹿な男たちなど どうなろうと知ったことではないと思っていた二人は、捕虜の身代金交渉どころではなくなる。
二人は、事あるごとに、エスメラルダが自分に示してくれた好意の証左を言い合い、聞き合い、反発し合い、いがみ合う、敵同士になり果ててしまったのだった。

氷河は、一輝と一緒にいる時のエスメラルダの様子を見ることができず、一輝は、氷河と共にいる時のエスメラルダの様子を見ることができない。
当然、二人に対するエスメラルダの態度や表情を比較し、エスメラルダの心が 二人のどちらに傾いているのかを 直接確認することは不可能。
かろうじて、それに近いことができるのは、エスメラルダが 氷河の側にも一輝の側にもいない時――つまり、エスメラルダが中庭に姿を見せた時だけ。
しかし、中庭で出会うエスメラルダは、一輝に愛想がいい時と 氷河に愛想のいい時があって、いったいエスメラルダは どちらを より贔屓にしているのか、どちらにより深く好意を抱いているのか、二人には全く判断ができなかった。

「エスメラルダが好きなのは、この俺だ!」
「俺に決まっているだろう!」
アテナイの馬鹿な男たちを救いに来たはずの二人は、そんな任務のことなど、もはや忘却の彼方。
二人は、毎日を 不毛な言い争いで明け暮れることになってしまったのだった。






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