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グラード学園高校は、一般にインターナショナル・スクールと認識されているが、実は 日本国の学校教育法に基づいて創立された ごく普通の高等学校である。
外国人や帰国子女を多く迎え入れているために、多くの人にインターナショナル・スクールと思われているが、全くそんなことはない。
授業も普通に日本語で行なわれている。
全寮制で、当然のことながら、寮は男女別々の建物。
男女それぞれの寮には、それぞれに寮長がおり、生徒間のヒエラルキー(という言葉を用いることには問題があるかもしれないが)も、男子と女子とで別々。
そのため、男子同士、女子同士の結束が固いことが、グラード学園高校の最大の特色と言えるかもしれない。
進学校と呼べなくはないほどに 偏差値の高い大学に進む者は多いが、日本の学歴制度、教育制度とは異なる価値観から 日本国内の大学に進まない者も多くいる、『自由、自立、自他共栄』を校訓とする、ごく普通の学校法人である。

進路の決まった3年生たちが退寮の準備を始めることもあって、何かと慌ただしい この時期。
グラード学園高校の某サッカー部の部室では、突然 降って湧いたトラブルのために、数少ない部員たちがパニック状態に陥っていた。
大抵の高校がそうであるようにグラード学園高校でも、4月から6月は 新入部員を獲得するための重要な時期になっている。
その3ヶ月の間に 校内の各部は 新入生に対する熾烈な勧誘競争を繰り広げ、7月1日に正式に所属部決定というルールになっているのだ。
部の予算は、前年度における各大会の成績と部員数で決定されるので、この時期に 新入部員をどれほど獲得できるかどうかということは、部の死活がかかった重要な問題。
そして、グラード学園高校サッカー部は、今まさに存続の危機に瀕していた。

これは世界の常識だろうが、サッカーというものは、基本的に11人のプレイヤーによって構成されるチーム同士で行われる競技である。
そして、グラード学園高校では、最低20人は部員がいないと正式な部として認められず、部費をもらうことができない。
しかるに、サッカー部の現在の部員数は15名、何とか試合はできるが、最低でも5人の新入部員を獲得しないと、部としての存続が認められない状況に置かれていたのだ。



「どうすりゃいいんだよ!」
氷河が部室に入っていくと、彼を最初に出迎えてくれたのは、彼の幼馴染みである星矢の雄叫びだった。
星矢は、現在はまだ1年生、まもなく2年に進級するのだが、サッカー部の部長を務めている。
なぜ上級生が部長を務めないのかといえば、そもそも このサッカー部が、昨年(まだ今年度だが)グラード学園高校に入学したばかりだった星矢が制限ぎりぎり20名の部員を集めて作った部だから。
氷河も、星矢に頼み込まれて 籍を置いているだけの幽霊部員にすぎず、彼自身は全くサッカーに興味なし、部室に来るのも実は今日が1ヶ月振りのことだった。

「何だ、どうしたんだ」
「どうしたも こうしたも、3年生部員が5人、もうすぐ卒業するんだよ! 部員が足りない!」
そんなことは、1年も前からわかっていたこと。
何を今更 そんなことで騒いでいるのだと、氷河は胸中で思ったのである。
だが、どうやら星矢が騒いでいるのは、そういう単純な問題のせいではなかったらしい。
“サッカー部が存続ならなかったら それはそれだけのこと”程度の認識でいる氷河に、星矢は 彼が雄叫びをあげることになった事情を説明してくれたのだった。

星矢は決して 1年前からわかっていた問題を忘れていたわけではなく、弥生3月に入ってすぐ、その解決方法を紫龍に相談していたらしい。
ちなみに、紫龍というのは、書画部に所属している星矢たちの幼馴染み。
氷河と同じく 現在は2年生、まもなく3年生になる、グラード学園高校の在校生である。
異様な長さの髪を有した男で、通学可能圏内にある高校の中で 髪を切らずに済みそうなのは このグラード学園高校だけだったという理由で この高校に入学した、かなりの変わり種。
1年前、もちろん星矢は彼もサッカー部に勧誘したのだが、サッカーのゲームのために 髪を切るのも結ぶのも嫌だという、(星矢曰く)“しょーもない”理由で、きっぱり拒絶されたのだという。

「紫龍なら、なんか いい方法を思いつくかもしれないと思って 相談したんだよ。紫龍は、大会の成績はもうどうしようもないから、部員を増やすしかないだろうって」
「紫龍らしくない詰まらん答えだな。それくらい、誰にでも思いつく――というか、それしか思いつかん」
「うん。だから、俺も、その部員を増やす方法を相談してるんだって言ってやったさ。そしたら、紫龍の奴、部員の質を問わないのなら、可愛いマネージャーでもいれば、それにつられて入部する奴もいるだろうとか言い出してさ」
「可愛いマネージャー? ますます詰まらん」

紫龍の提案を、氷河は鼻で笑った。
女に釣られて入部してくるような男など ろくなものではないだろうし、そんな輩は 他の部が もっと可愛いマネージャーを獲得したら、ほいほい そちらに鞍替えするに決まっている。
それ以前に、女目当てなら、その男子は、手芸部や華道部に入部した方が よほど充実した学園生活を送ることができるだろう。
氷河は、そう思ったのである。
が、星矢は そうは考えなかったらしい。
星矢は、サッカー部を廃部にせずに済むのならと、藁にもすがる思いで紫龍の提案に乗ったらしかった。

「でさ。俺は、どうせなら、校内でいちばん人気のある女の子をマネージャーにしようって思ったんだよ。けど、俺、どの女の子が男共に人気あるのかなんて、んなこと知らねーし、正直、女の子の顔って、俺には みんなおんなじに見えるんだよな。だから、俺には 誰にウチのマネージャーになってもらえばいいのか、皆目わかんなくてさ。それに、こういうことって客観性が大事じゃん。もし俺が可愛いって思う女の子がいたとしても、他の男共も その子を可愛いと思うとは限らねーだろ。だから、俺は、ウチのマネージャーを学校の男共全員に決めてもらうことにしたんだよ。紫龍に、ガッコのサイト内に男だけが入れる投票ページを作ってもらって、男だけに告知して、そこで女の子の人気投票をしたわけ」
「そんなことをしていたのか? 俺は知らなかったぞ」

言いながら、なぜ星矢の暴走を止めなかったのだと、氷河はその場にいた他のサッカー部員たちを睨みつけたのである。
ここにいる者たちを責めてもどうにもならないと、氷河は すぐに考え直すことになったのだが。
ここにいるのは、“サッカーが好きな者”“サッカーに興味がある者”というより、“星矢の強引な勧誘に『NO』と言えなかった者”たち。
異様なほどエネルギッシュで 押しの強い星矢と、(一応)グラード学園生徒会長ということになっている紫龍がつるんですることに 文句を言えそうな生徒は、ただの一人もいなかった。

「おまえは もうサッカー部員だし、どうせ 女の子の人気投票になんか協力してくれないだろうから、教えなかったんだ。でも、おまえ以外の男共はほとんど 投票してくれたんだよ。卒業が決まって 気楽な3年生たちが いちばん乗り乗りだった。投票率は全男子の99.0パーセント。どっかの国の選挙とは桁違いに 関心の高い選挙だったんだ」
「投票率 99.0パーセント?」
その数値を聞いて、氷河は腹の底から呆れてしまったのである。
グラード学園高校に在籍する男子生徒数は300。
投票率が 99.0パーセントなら、その 人気投票に投票しなかったのは ほんの数人ということになる。
つまり、ここにいるサッカー部員たちも 星矢主催の人気投票に投票したのだ。
星矢の暴走を止めるどころの話ではない。

「まあ、それで答えが出たなら よかったじゃないか。その女子が 果たして廃部寸前のサッカー部のマネージャーになってくれるのかどうかという大問題はあるが」
チームワークだけはいいらしいサッカー部員たちに、氷河は呆れた顔で、皮肉をプレゼントしてやったのである。
では、先程 自分を出迎えてくれた星矢の雄叫びは、人気投票を つつがなく終えた星矢が 次なる大問題に(初めて)気付いて あげた雄叫びだったのだと思いながら。
だが、そうではなかったらしい。
星矢は、氷河の皮肉を皮肉と気付いた様子もなく、再び大きな声で わめき始めた。






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