「その大問題以前の大々問題が起きたんだよ! 男だけの秘密の人気投票が、女子寮の三巨頭にばれちまったんだ! 3年女子寮長のヒルダ、2年女子寮長のパンドラ、1年女子寮長のエリス――あの最悪最恐の3人に! ガッコのサイトの管理運営の責任者だったヒルダが、卒業前にサイト内の不要ファイルの削除をしようとして、管理者権限でスキャンかけてて、男だけの極秘投票ページに気付いちまったらしくて――」 「また、よりにもよって最悪な連中に」 紫龍が作った投票システムにしては、セキュリティが甘かったと言わざるを得ない。 星矢が名を挙げた女子寮三巨頭は、いわばグラード学園高校の全女子生徒を牛耳っている、女子のヒエラルキーの頂点に立つ3人。 成績優秀、眉目秀麗にして名家出身なのだが、氷河も積極的には関わり合いを持ちたくないと思うほど、権高く峻厳苛烈な女傑たちだった。 「ほんと、最悪な奴等だぜ。ヒルダたちは、男女差別だ、女性蔑視だ、女を物として見ている、セクハラだ、人権侵害だって、激怒してさ。学校側に報告するだの、女子にバラすだのって、俺たちを脅してきやがったんだ。先生たちにばれたら、戒告処分は確実だし、女子たちにばれたら、俺たちは女子全員の吊るし上げを食うことになる」 「女子全員ということはないだろう。その馬鹿げた人気投票で上位に選ばれた生徒たちは、おまえらをいじめずにいてくれるんじゃないか?」 気休めにならない気休めを、氷河が 星矢のために言ってやる。 しかし、そんな氷河の前で、星矢は 確信に満ちて、 「女子は全員、喜んで俺たちを吊るし上げてくれるさ」 と断言した。 常に前向き、能天気、ポジティブ思考を身上としている星矢が そうまで言い切るところを見ると、おざなりの気休めに乗ることもできないほど 切迫した状況に、星矢は今 追い詰められているのだろう。 星矢は、傍らにあった椅子に腰を下ろすと、やけになったように髪の毛を 掻きむしり始めた。 「あげく、男子がそういうことをするなら、女子も男子の人気投票をするなんて言い出してくれてさ! ほんと、勘弁してくれって……!」 「それは案外 妥当な解決方法――いや、相殺方法だと思うが。相殺適状、両者痛み分けだ」 「冗談はやめてくれよ。人に順位つけられるなんて、テストの成績だけで十分だぜ!」 「自分は女子の人気投票をするくせに、自分が順位をつけられるのは嫌なのか」 「あたりまえだろ! 天は人の上に人を作らず、人の下に人を作らず!」 「何を言っているんだ、おまえは……」 星矢にしてみれば、彼が実施した人気投票は あくまでもサッカー部のマネージャーを決めるためのもので、その投票によって女子に順位をつける意図は毫もなかったのだろう。 それは氷河もわかっていた。 わかってはいたが、それでも 氷河は、星矢の言い分を とんでもない我儘、はなはだしい自分勝手と思わないわけにはいかなかったのである。 「なんとか ここは穏便にって頼んだんだけどさ、三巨頭は聞く耳持たず。あいつら、サッカー部の部員が増えないのは、チームが弱いせいもあるけど、今 在籍してる部員たちに魅力がないからだとか、だからマネージャーで釣ろうなんて さもしいこと考えるんだとか言って、俺たちを見下してくれやがって……!」 見下されて悔しい気持ちは わかるが、三巨頭の言うことは ただの事実である。 氷河は そう思い、だが、思ったことを星矢には告げなかった。 言ったところで、星矢は それこそ聞く耳を持たないだろうし、それで問題が解決改善されるわけでもない。 「俺、あったま来たから、んなことねーって、三巨頭に噛みついてったんだよ。そしたらさ、あいつら、どっちの言い分が正しいか、告白ゲームで確かめてみようとか、アホなこと言い出しやがったんだ」 「……」 悪気はないが自分勝手な星矢と、悪気でいっぱいだが正論を言っている三巨頭。 ここまで聞いてきた両者のやりとりは、滅茶苦茶ではあったが、それなりの筋、それなりの論理、それなりの理屈があった。 しかし今、なぜか その論理が 途轍もない飛躍を見せた――ように感じられたのである、氷河には。 そもそも、三巨頭が言い出した“告白ゲーム”とは いかなるものなのか。 氷河は、この世に そんなゲームがあることすら知らなかった。 「告白ゲーム? 何だ、それは」 「何だ それはって、告白ゲームは告白ゲームだよ。ターゲットを決めて、そのターゲットに『好きだ』って告白するのさ。で、付き合ってくれと頼む。相手がOKしたら勝ち、断られたら負け」 「好きだと告白? 好きでもない相手に?」 「そういうゲームだからな」 「それで相手が本気にしたらどうするんだ」 「ゲームだったって種明かしするしかないだろ。ゲームなんだから」 「……」 事もなげに言ってのける星矢に、氷河は しばし あっけにとられてしまったのである。 それは“ゲームなんだから、ゲームだったと種明かし”して済むことなのだろうか。 氷河は決してフェミニストでもなければ、原理主義的男女同権論者でもなかったが、それでも、そんなゲームのターゲットにされる人物を気の毒だと思わないわけにはいかなかった。 ゲームの告白を断わっても、受け入れても、自分を本当に好きでいてくれるわけでもない人間に 戯れで そんなことをされたのだと知ったら、大抵の人間は傷付くだろう。 まして、そのターゲットにされる人物が、多感で繊細な(ということになっている)ティーンエイジャーの女の子となったら。 「ターゲットは誰なんだ」 氷河は もちろん、そのゲームのターゲットが誰なのかということに興味があったわけではない。 ただ、そんな非情な(?)ゲームのターゲットにされた気の毒な人物に、場合によっては 事前に忠告してやった方がいいだろうと考えて、それを星矢に尋ねただけだった。 星矢が教えてくれた告白ゲームのターゲットは、しかし、“人物”ではなかったのである。 「誰でもいいんだ。500ポイント獲得できれば」 「500ポイント獲得? その500ポイントというのは、どこから出てきた数字だ」 「どこから出てきた――って、人気投票の獲得ポイントに決まってるだろ!」 星矢が、氷河の 分かりの悪さに苛立ったように答えてくる。 星矢としては、『でなかったら、なぜ俺が そんな人気投票の話をしたと思っているんだ』と言いたいところだったのだろう。 氷河にしてみれば、『それで わかるはずがないだろう!』と、怒鳴り返してやりたいところだったのだが。 「つまり、俺たちのやった人気投票のポイントが告白ゲームの獲得ポイントになるんだよ。ウチのガッコの生徒数は、各学年200名、その半数が男子だろ。つまり、100人×3学年で 300人。1番可愛いと思う子に3点、2番目に2点、3番目に1点――って やり方で投票してもらったから、一人の持ち点は6点。300×6で、総計1800点。で、問題の獲得数の内訳は、瞬が1021点。ヒルダとパンドラとエリスの3人で400点弱を取ってて、それぞれが100点強。残りの400点弱がばらついてて、三巨頭の他に20点以上を取った女子はいない」 「な……なに…… !? 」 いったい それは どういう冗談なのだろう。 男だけが投票権を持つ人気投票の結果を聞いて、氷河は まず そう思った。 |