「いっそ、サッカー部員全員で瞬に告白して、振られて、打ちひしがれてる姿をさらして、三巨頭の同情を引くかー」
無論 本気ではなかっただろうが、投げ遣りな口調で そう言い、言ってしまってから、星矢は自分の発言に顔を歪めた。
同情してくれるだろうか、あの三巨頭が? ――と、星矢は考えたのだろう。
それは無理だと、言葉にはせず、氷河は星矢に首を横に振ってみせた。
そんな愉快な場面を見せられたなら、三巨頭は 高笑いして大喜びするだけだろう。
その展開は、氷河にも容易に想像することができた。
そんな氷河の前で 長く深い溜め息を洩らし、あまり期待していない声音で、星矢が現況打破のアイデアを 氷河に求めてくる。

「なー、おまえも一応サッカー部員なんだから、何か いい解決策を考えてくれよ」
「部員といっても、俺はおまえに頼まれたから、部員数水増しのために在籍している幽霊部員にすぎん」
ちなみに、氷河は、紫龍同様 現在2年生、まもなく3年生になるのだが、星矢が後輩として入学してくる以前、1年生の時には帰宅部ならぬ帰寮部にいて、精力的に部活動に励んでいた。
とはいえ、それは、一つのスポーツに特化したトレーニングをして偏った筋肉のつき方をする事態を避けたいという事情によるものだったので、1年前 星矢に『名前を貸してくれるだけでいい』と泣きつかれた際、幼馴染みの要望通り、彼は 名前だけをサッカー部に貸し出したのである。

「幽霊には 脳みそも ないってか」
(はな)から氷河に期待はしていなかったのだろう、きついことを さらりと言って、神に救いでも求めるかのように、星矢は天を(正しくは、部室の天井を)仰いだ。
次の瞬間、どたーんと大きな音を響かせて、星矢が 腰掛けていた椅子ごと 背中から床に倒れる。
「おい、星矢。大丈夫か」
まさか星矢が転び方を間違えるようなことはあるまいと、さして心配もせずにいた氷河は、そのまま ぴくりとも動かない星矢を訝って、とりあえず彼に声をかけてみた。
まるで それが何かの合図だったかのように勢いよく撥ね起きた星矢が、突然 やけになったような大声で わめき始める。

「こうなったら、仕方がない。『瞬か、三巨頭か』って言われたら、俺たちは瞬を選ぶしかないんだ。人気投票のことは言わずに、告白ゲームで サッカー部員が告白するから、形だけでも OKって答えてくれって瞬に頼む! サッカー部存続のため、6月まででいいから、事情は聞かないでくれって泣いて頼めば、瞬は優しいから、すげなく断ることはできないだろ」
「星矢、おまえは急に何を言い出したんだ」
星矢は やはり頭の打ちどころが悪かったらしい。
そうとしか思えないことを、星矢は一人で わめき続けた。

「で、俺が その場面を動画に撮って、三巨頭に提出。それでサッカー部は安泰だ!」
「だから、星矢。おまえは何を言っているんだ」
「問題は、誰が告白ゲームに挑戦するかだけど」
星矢の頭の中には、既に それしかないらしい。
すなわち、『サッカー部存続』。
その目的を果たすためなら、男が男に好きだと告白する不自然も、当事者同士が互いを どう思っているのかも、星矢の頭の中では 大した問題ではないことになってしまっているようだった。
「おまえらの中に、瞬と付き合ってやってもいいって奴、いるか? 新入生の勧誘期間が終わる6月まででいいからさ」
星矢は一人で どんどん話を進めていく。
星矢に視線を投げかけられた十数人のサッカー部員たちは、愛するサッカー部の命を守るべく殺気立っている星矢の迫力に押され、揃って 一歩、後方に後ずさった。

「そ……そりゃあ、僕は瞬ちゃんに投票したけど、それは、瞬ちゃんが この学校でいちばん可愛い子だと思ったからで、それ以上のことは決して……」
「俺も瞬ちゃんに 持ち点全部 つぎ込んだけど、そんな畏れ多いことは、さすがに――」
「たとえ その相手が俺自身でも、瞬ちゃんが男と付き合うなんて許せないっていうか、そんなことをする瞬ちゃんは見たくないっていうか――」
どうやら この場にいるサッカー部員全員が人気投票で瞬に投票したらしい事実にも呆れたが、それ以上に氷河は、彼等の屈折したファン心理(?)に不毛なものを感じてしまったのである。
彼等の瞬に対する気持ちは、言ってみれば、清純派アイドルに対するファンのそれ。
そして、彼等は、瞬に対して、永遠に清純派アイドルであり続けてほしいと願っているのだ。

星矢は さすがに そんな屈折した気持ちは抱いていないらしく、
「だよなー。いくら瞬が可愛くても、たとえ振りでも、瞬と付き合うってことは、ほもの烙印 押されるってことだもんなー」
などと、的外れなことをぼやいている。
それだけであれば、氷河も、幼馴染みの常識的な感性に安堵するだけだったのだが、部員全員の辞退を確認した星矢が、
「仕方ない。瞬に告白する役は、俺がやるかー」
と言い出すに及んで、氷河は、一傍観者然としていられなくなってしまったのである。

「ま……待て! そ……それなら、俺が行ってやろう。おまえには サッカー部部長として やらなければならないことが たくさんあって、瞬と付き合っている振りをしている時間もないだろう!」
突然 無関係な第三者でいることをやめ、身を乗り出してきた氷河に驚いて、星矢が目を剥く。
気負い込んだ氷河の様子の訳がわかっていない様子で、星矢は氷河の前で首をかしげてみせた。
「おまえが? 俺たちは助かるけど……でも、いいのか? それって、つまり、ほもの烙印 押されるってことなんだぜ?」
それで 嘘でも3ヶ月間 瞬と付き合うことができというのなら安いもの。
渡りに船、日照りに雨、闇夜の提灯。要するに、願ったり叶ったり。
氷河は 急いで 顔の表情を引き締め、星矢に 重々しく頷き返した。
「俺は、自分が 人にどう思われようと、そんなことは全く気にしない男だからな。俺は名前だけの部員で、この1年間 サッカー部員らしいことを何一つしなかったし、これからも する気はない。その時間を瞬と一緒にいる時間に充てればいいだけのこと。それくらいのことはしてやるさ。他ならぬ おまえのためだ」

「氷河……」
脳みそのない幽霊部員の 思いがけない義理堅さに、星矢は感動したらしい。
そして、幽霊の気が変わらないうちに さっさとやるべきことをやり終えてしまおうと、星矢は考えたようだった。
「おまえなら、ほもだろうが何だろうが、恐くて誰も何も言えないに決まってるぜ。おし、んじゃ、三巨頭に気付かれないうちに、今すぐ瞬に頼んでくる。この時間なら中庭の花壇のとこにいるはずだ。氷河以外の奴等は、映画研究部に行って、ビデオカメラを借りてきておけよ。スマホやケータイで撮影するより、その方がいいだろ。いや、どうせなら、映研の奴等に撮ってもらおうぜ。なんったって、我がサッカー部が 恐怖の三巨頭の陰謀を打ち砕く、記念すべき大イベントなんだからな!」


弾んだ声でそう言い 部室を飛び出ていった星矢が 仲間のところに戻ってきたのは、それから約20分後。
映画研究部の部員と撮影機材は、既にサッカー部の部室に到着していた。
首尾はどうだったのかと星矢に尋ねる時間も惜しかった氷河は、星矢が部室に戻ってくるなり、脱兎の勢いで部室を飛び出たのである。
目指すは、瞬のいる中庭。
そんな氷河のあとを、ビデオカメラを抱えた映画研究部のメンバーとサッカー部員たちが追い掛ける。

そうして。
それから僅か5分後。
氷河は瞬に、
「瞬。俺はおまえが好きだ。俺と付き合ってくれ」
と、瞬に積年の思いを告白し、瞬から、
「はい」
という答えをもらっていた。

弱小サッカー部が、グラード学園高校全女子生徒に隠然たる権力を有する三巨頭に勝利した、記念すべき その瞬間。
映画研究部が撮影した その場面は、その日のうちに、大スクープとしてグラード学園高校のサイトで公開され、氷河と瞬は めでたく、グラード学園高校の全生徒に公認カップルとして認知されることになったのだった。






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