嘘でも、振りでも、サッカー部のためでも、全校生徒に公認カップルと認められ、瞬と公然と“お付き合い”ができるようになったことを、氷河は喜んでいた。
氷河は、幼い頃から瞬を好きだったから。
とはいえ、氷河に、ゲイの気やバイの気があるわけではない。
女性蔑視の傾向もなく、むしろ、氷河自身は 女性には それなりの敬意を払っているつもりでいた。
性差を無視しているわけでもなく、かといって強く意識しているわけでもない。

そんな氷河が瞬を好きな理由は、至極単純。
瞬が、優しく、親切で、人の心を思い遣ることができ、素直で、強く、綺麗で、可愛いから。
そして、氷河が これまでに、瞬より優しく、親切で、人の心を思い遣ることができ、素直で、強く、綺麗で、可愛い女の子に会ったことがなかったから。
もちろん男子は論外、誰も瞬の足元にも及ばない。
幼い頃に母を亡くしてから、優しさや親切、思い遣り、素直さ、強さ、容姿等、あらゆる要素において、瞬は氷河の人気投票で不動の1位を保っていた。
瞬以上の異性に――もとい、瞬以上の人間に――氷河は出会ったことがなかった。
であるから、氷河には、自分が瞬を好きでいることは ごく自然なこと、当然にして必然のことだったのである。

にもかかわらず、氷河が これまで瞬にその思いを伝えずにいたのは、自分にとって自然当然必然のことが、瞬にとっても そうであるとは限らない――と思うから。
なにしろ、瞬の人生の目標は『男らしく生きること』なのだ。
もちろん、瞬には男女差別や女性蔑視の気味はない。
これは おそらく、瞬が周囲の人間に『可愛い』『綺麗』『女の子のよう』といった類の言葉を言われ過ぎてきたことへの反動なのだろうと、氷河は思っているのだが、ともかく、瞬の人生目標は それなのだ。
『男らしく生きること』

そんな瞬に、男である自分が 恋の告白などしたら、どうなるか。
瞬は、同性からの告白に驚き、そして、おそらく嘆くだろう。
『僕は、それほど 男らしくないのか』『幼馴染みにすら、女子のように思われているのか』と。
瞬を悲しませるようなことはしたくない。
瞬を傷付けるようなことはしたくない。
そんな事態を避けるために、氷河は これまで自身の思いを 瞬にも瞬以外の誰にも告げずにきた。
それが、告白ゲームという下劣にして下品なゲームのおかげで――虚構にすぎないゲームの中だからこそ――募る思いを告白することができた。
期間限定でも、瞬に恋人として受け入れてもらえるのだ。

氷河は嬉しかった。
自分が瞬の恋人然として振舞えることに浮かれてもいた。
まさに我が世の春――もしかしたら、人生に一度きりかもしれない短い春――に、氷河は歓喜していたのである。
「氷河。おまえ、もしかして本気で瞬のことが好きだったのか?」
そちら方面のことには鈍感を極めている星矢が、そう尋ねてくるほど――氷河は期間限定の春に浮かれていた。


だが――春を喜ぶ氷河の気持ちは、やがて 少しずつ懸念と恐れに変わっていったのである。
ゲームの中のことだから、氷河は瞬に好きだと告白することができた。
それは つまり、氷河が瞬に“ゲームだから、好きでもない相手に好きだと告白した男”と思われているということ、なのだ。
そんなことをする氷河という男を、瞬は軽蔑しているのではないか――。
それが、氷河の懸念で恐れだった。

氷河は、期間限定の春が終わっても、少なくとも瞬との友人関係は維持継続できるものと思っていた。
だが、もし、瞬の中に 氷河という男への軽蔑の念が生まれてしまっていたら――はたして 二人は、春が終わったあとも、春の到来以前にそうだったような友人同士に戻れるのだろうか。
この春が終わったら、瞬は公認の恋人の役はもちろん、“氷河の幼馴染み 兼 友人”でいることも やめてしまうのではないか。
氷河は、そういう不安に囚われ始めてしまったのだった。






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