「瞬は何も言わないが――人気投票のことは知られずにいるにしろ、瞬にとって俺は、本気で瞬を好きなわけでもないのに 好きだと告白した男。俺は瞬に軽蔑されているんだろうな……」
「まあ、尊敬はしてないだろうけど……。ゲームで好きだと告白できる男ってことになってるんだもんな。おまえは、瞬にとって」

本当は 今日は瞬と、N公爵門外不出コレクション展に行く予定だった。
それは、非公開、非複製、売却禁止の遺言を残した旧華族のN公爵の門外不出コレクションを、保管倉庫の改修工事のため、1日だけ公開するというイベントで、その中に瞬が長いこと見たいと思っていた某聖母像があると聞いた氷河は、苦労して そのチケットを手に入れてきたのである。

「たった1日だけの公開で、入場者数限定。チケットを手に入れるのは大変だったでしょう」
と言う瞬に、自らの苦労を ひけらかす気になれなかった氷河は、
「すぐ手に入ったぞ」
と答えた。
そんな氷河に、瞬が、
「僕に嘘はつかないで」
と微笑で応じ、その微笑を見た途端、氷河は 瞬と一緒にいることが苦しくなってしまったのである。
二人が今日 こうして共に外出できるのも、つまりは 嘘の賜物だという自覚があったから。

「気が乗らない。今日は おまえ一人で行け」
せめて『体調が優れない』くらいの嘘でも言えばよかったのに――突然 外出キャンセルを言い渡されて呆然としていた瞬の瞳。
思い出すだけでも、胸が痛む。
だが、氷河には、瞬に尋ねる勇気も持てなかったのだ。
『俺たちの恋愛偽装ゲームを、おまえはどう思っているんだ』とは。
『俺たちの恋も嘘だ』と言うことは、氷河には どうしてもできなかった。

期間限定でも 瞬の恋人でいられるのなら――。
そう考えて 謳歌していた偽りの春。
だが、春は――冷たく長い冬を耐え、誰もが心から待ち焦がれる季節だからこそ、偽物であることが耐え難い季節なのだということを、氷河は思い知った。
他の誰でもない氷河がそうだったから。
瞬を本当に好きだからこそ、氷河は偽りの恋にも、ゲームで恋をしている不実な男だと瞬に思われることにも、瞬を そんなゲームに付き合わせることにも、耐えられなくなってしまったのである。






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