翌日以降も、地球規模の寒さは続いた。
テレビやweb上のニュースは、飽きもせず、桜の咲かない桜の名所、田植えのできない水田、接岸したままの流氷等の映像を映して異常気象の報告を続け、農作物の値段の高騰や夏場の食糧不足を案じている。
この異常気象のおかげで、アテナの聖闘士たちは“終雪”なる言葉を覚え、東京都の観測史上 最も遅い降雪は、1967年、1969年に観測された4月17日であるなどという知識を得ることもできた。
表向きは憂い顔の気象予報士たちは、新記録の更新成ることを期待しているようにしか見えず、こんな状況になっても 危機意識の薄い日本人たちは、いつかはこの寒さも終わると安直に信じている――。
そんな中で、瞬の表情は いよいよ暗さを増し、瞬の消沈振りもまた はなはだしくなっていった。

たとえ地球が このまま氷河期に突入していっても、そのために人類が滅亡の危機に瀕することになっても、春の小宇宙を持つ瞬だけは生き残ることができるはず。
にもかかわらず、この異常気象を世界で最も強く深く憂えているのは瞬であるに違いない。
そう、瞬の仲間たちが確信できるほど――瞬は、日を追うごとに元気を失っていた。
あげく、瞬は、『この寒さが もしハーデスのせいなのなら、ハーデスに会う方法はないだろうか』と、そんなことを言い出すようになってしまったのである。


「季節性情動障害――いわゆる冬季鬱病という病気があるが……」
「やめてくれよ。アテナの聖闘士が 欝だの躁だのって」
「俺ならともかく、この寒さが 瞬に責任のあることのはずがないのに――」
瞬の仲間たちが本気で 瞬の精神状態を案じ、こうなったら アテナに相談するしかないのではないかと考え始めていたある日、ついに 瞬の心身に限界が訪れたらしい。

例年なら、東京の桜は終わっている頃。
にもかかわらず、うっすらと白い雪で覆われている城戸邸の庭。
そこに倒れている瞬の姿を最初に見付けたのは、究極まで小宇宙を燃やしても0.0001度も気温を上げることのできない白鳥座の聖闘士だった。
「瞬……!」

もちろん、氷河は、すぐに瞬の身体を抱き上げて、完全に意識を失ってしまっている瞬を邸内に運び入れたのである。
瞬の身体を瞬の部屋のベッドに横たえ、室内の空調設定温度を30度などという高温に設定したのは、瞬の身体が冷え切っていたから。
そして、その後、彼が その場に彼の仲間たちを呼びつけたのは、瞬の様子が尋常ではなかったから――だった。
瞬には外傷の類は全くなかった。
ただ、死人のように全身が冷え切っているだけだった。
にもかかわらず、氷河は 瞬の小宇宙を かけらほどにも感じ取ることができなかったのである。

黄金聖闘士である水瓶座アクエリアスのカミュの凍気に犯された仲間を蘇生できるほど温かい小宇宙の持ち主の身体が、生気の失せた死人のように冷え切っている。
そんな様子の瞬を見るのは、氷河は これが二度目だった。
天秤宮で彼が復活を果たした時と、今。
それゆえ、氷河にはわかったのである。
暖かい春の小宇宙の持ち主である瞬が 雪の中に倒れていたのは、瞬が その小宇宙を燃焼し尽くし、力尽きたからなのだということが。

瞬は生きている。
生きているのに、小宇宙が感じられないのだ。
天秤宮で 仲間の命を救うために その小宇宙を爆発させたあとにも、微かに感じることはできていた瞬の小宇宙。
それが、今は全く感じられない。
あの時に似ているが、今の瞬は あの時とは 何かが違っている。
そもそも瞬が その小宇宙を それほど激しく燃やした気配を、氷河は今日は感じ取れていなかった。
瞬がそんなことをしたのなら、瞬の仲間が気付かずにいるはずがないのに。
では、瞬は、意識の維持が困難になるほど、体力を消耗しきるほど 激しく小宇宙を燃やしたわけでもないのに、その小宇宙を失ってしまっているのだということになる。
今の瞬は、あの時とは違う状況にあるのだ。
氷河は、だから、瞬の小宇宙を感じ取ることができないのが自分だけなのかどうかを確かめるために、仲間たちを その場に呼んだのである。






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