瞬の小宇宙を感じ取ることができないのが白鳥座の聖闘士だけなのであれば、おかしいのは白鳥座の聖闘士だけということになり、瞬の仲間たち全員が 瞬の小宇宙を感じ取れないのであれば、おかしいのは瞬――瞬が小宇宙を失ってしまっている――ということになる。 氷河は前者であることを望んでいたのだが、彼の期待に反して――そして、案の定――星矢たちの答えは、 「俺にも感じ取れーぜ。全然。どうなってるんだ、これ」 「俺もだ。今の瞬は、何というか――無防備に眠っている 生まれたばかりの赤ん坊のようだ。神とも渡り合える強大な小宇宙を持つ聖闘士が眠っている状態とは違う……ような気がする」 ――というものだった。 これは本来の瞬の眠りではないと、紫龍たちは言っていた。 聖闘士にとって、小宇宙は 一般人の生気のようなものである。 言うなれば 命の証、そして 存在の証。 それが今、瞬の仲間たちには、全く感じ取ることができないのだ――。 「おい、そんな冗談……。瞬の奴、まさか このまま目を覚まさないなんてことは――」 「いや、それはないだろう」 そう言って 紫龍が星矢の懸念を打ち消そうとした時にはもう、星矢は、瞬の上体をベッドの上に引き起こし、その両肩を掴み、瞬を覚醒させるべく、大きく強く その身体を揺さぶり始めていた。 「瞬! 瞬、起きろ! 真昼間から、のんきに寝てんじゃねーよ! 今が何時か わかってんのか! まだ昼前、11時だぞ。昼飯にも昼寝にも早過ぎる時間なんだぞっ!」 「星矢! 瞬の様子は尋常じゃない。乱暴はやめろ」 星矢なら、脳震盪を起こした人間の身体を揺さぶって意識を取り戻させようとし、捻挫をした人間の患部を温め、熱中症で熱痙攣を起こしている人間を日向に運ぶような無茶もしかねない。 氷河は、半ば本気で そう思い、星矢の暴挙を止めようとしたのである。 幸い 瞬は、星矢の乱暴な扱いのおかげで(?)意識を取り戻したのだが、もし それで瞬が意識を取り戻さなかったなら、氷河は問答無用で星矢を氷の棺の中の住人にしてしまっていたかもしれない。 そんな氷河の気も知らず、常に我が道を行く星矢は、瞬の覚醒を確認すると、頭から瞬を怒鳴りつけ始めた。 「おい、瞬! おまえ、まさか 本当に自分の小宇宙で地球を春にしようなんて、無茶なことしようとしたんじゃないだろうな!」 星矢は、どうやら それを案じて、冷静な対応ができなかったものらしい。 「まさか……」 無鉄砲を体現しているような星矢ではあるまいに、瞬が そんな向こう見ずなことをするはずがない。 星矢の馬鹿げた疑いと懸念を、氷河は一笑に付して退けようとしたのだが、他でもない瞬が 氷河にそうすることを許してくれなかった。 星矢の怒声にさらされた瞬は、星矢の言を否定せず、黙って顔を伏せてしまったのだ。 あろうことか、瞬は 本気で それをしようとしたらしい。 そして 成し遂げられず、雪の庭に倒れることになったようだった。 「そうなのか? おまえは本当に そんな無謀をしようとしたのか?」 僅かに震えた声で尋ねた氷河の前で、瞬は 俯くように頷き、そうしてから ゆっくりと首を一度だけ横に振った。 「瞬……」 氷河のみならず、その可能性を懸念していた星矢までが、瞬のその答えに絶句する。 瞬の仲間たちは、だが、そんなことくらいで驚いている場合ではなかったのである。 瞬は 瞬らしくない無謀より 更に驚くべきことを、今にも消え入りそうに細い声で 仲間たちに告白してきた。 「僕……聖闘士の資格を失ったのかもしれない。小宇宙を燃やせなかった」 そう、瞬は言ったのだ。 「なに?」 「春を呼ぼうとしたんだ。でも、呼べなかった。僕の小宇宙の力が足りないからじゃなく――僕は小宇宙を燃やせなかったんだ。きっと僕は……僕からは聖闘士の資格が失われてしまったんだ。僕が――僕が、アテナの聖闘士にふさわしくない邪まな心を持ってしまったから……」 「へっ」 瞬は この上なく鎮痛で深刻な様子をしているというのに――星矢は 思い切り気の抜けた声(むしろ音)を室内に響かせた。 邪まな心。 それはいったい何だろう。 「ヨコシマなココロ……? ヨコシマなココロって何だよ。ヨコシマ? おまえが?」 星矢は、それこそ、笑いも脳震盪を起こしてしまいそうな冗談を聞かされた人間のように――冗談なのか本気なのかの判断がつきかねている人間のように――きょとんとした顔になっていた。 それも無理からぬこと。 嘘か真か、瞬は“地上で最も清らかな魂の持ち主”という お墨付きを神から与えられた人間なのである。 他の誰かなら いざ知らず、瞬に限って、それはあり得ない。 邪まな心などというものは、瞬以外の人間が持つもの。 星矢は、何の疑いもなく、そう信じていたのだから。 「おまえ、人並みに そんなもの持ち合わせてたのかよ……」 揶揄の響きが全くない声で、星矢が瞬に問う。 瞬のベッドの枕元に、星矢以上に虚を衝かれた表情で立っている氷河に 一瞬ちらりと視線を投げてから、ひどく つらそうに、瞬は その瞼を伏せてしまったのだった。 |