翌日。 胸に一抹の不安を抱えながら、アルビオレに化けた氷河は 再び瞬の許に向かった。 とりあえず、二度目の変身の目的と目標は、瞬の好みのタイプを探り出し、“氷河”が瞬の恋の相手となり得る男であるかどうか、その可能性を見極めること。 「君の好みのタイプは?」 という、偽のアルビオレの質問に、瞬は、 「特には」 という、全く掴みどころのない答えを返してきた。 だが、それでは、瞬に恋する男は対処に困る。 「いや、だが、こうだったらいいという希望や、より好ましいと思う要素はあるだろう。涼しげな顔と暑苦しい顔では 涼しげな顔の方がいいとか、冷静な人間と熱血漢では 冷静な人間の方がいいとか、年齢はどれくらいが許容範囲だとか、教養のレベルや趣味や――」 少しでも具体的な指標を手に入れるため、氷河は言葉を重ねてみたのだが、瞬の答えはやはり、 「譲れない条件はないです。僕の心が その人を好きなのなら」 という、全く具体性のないものだった。 具体性はないのだが、それは真実の答えでもあるのだろう。 人は、理想通りの人を好きになるとは限らないのだ。 氷河は、質問を変えることにした。 「では、実際に、好きな人は――好きになれそうな人はいるのか。一緒にいると楽しい人とか、一緒にいるのが嬉しい人とか、そういう人間は」 「誰といても、楽しくて嬉しいです」 「誰といても楽しくて嬉しい……のだとしても――特に楽しくて嬉しい人はいないのか。その人と二人きりでいたいと思えるような」 「二人きりで?」 幼い頃から団体行動が多かった瞬は、そういうことは あまり考えたことがなかったのかもしれない。 『二人きり』と言う言葉に、瞬は少し戸惑う素振りを見せた。 「そうですね。こうして、先生と二人でいるのは楽しいです。みんなと一緒にいる時とは違う話ができて。先生と一緒にいると楽しい」 「……」 それは、亡き師を思い起こさせる姿の持ち主と共にいることが楽しいということなのか、それとも、外見は関係なく、普段と異なる話ができる人といることが楽しいということなのか。 もし前者なのであれば、それは氷河にとっては望ましい事態ではない――それは まずい。 内心で慌てた氷河に、瞬は 更に思いがけないことを告げてきた。 「僕は、でも、仲間たちと一緒にいる時が いちばん楽しいです。気心が知れてるし、僕の仲間たちは誰も みんな一生懸命に生きていて、同じ目標を持っていて――僕は、僕の仲間たちと一生 一緒にいたいと思う」 「仲間……誰かと二人きりではなく?」 「いつか平和な日が来てほしいと、僕は心から願っています。でも、いつか平和な日が来て 仲間たちと離れ離れになってしまうことを考えると、僕は とても つらい気持ちになる。そんなことは考えられない――考えたくない。平和の到来を つらく感じるなんて、僕はアテナの聖闘士失格なのかもしれません」 「……」 それは 氷河には――氷河にも――考えられない、考えたくないことだった。 そして、考えたことのないことでもあった。 瞬が、命をかけた戦いを共に戦ってきた仲間たちを 大切に思っていることは、氷河も知っていた。 知っているつもりだった。 だが、瞬にとって特別な人間は――瞬が いつまでも共にありたいと思い、実際に いつまでも共にあることができるのは 瞬の兄だけなのだろうと、氷河は思っていたのだ。 だからこそ、“恋”という関係で、瞬を自分に結びつけたいと、瞬にとって特別な存在になりたいと、氷河は願っていた。 そういう部分が、氷河の恋の中にはあったのである。 「氷河も?」 「え?」 「あ、いや、兄がいるんだろう。その兄以外の仲間たちともずっと一緒にいたいのか」 「ええ」 「そうか……」 ならば、白鳥座の聖闘士は、望めば いつまでも瞬と共にいることができるということである。 瞬との恋を実らせなくても。 その事実は、ある意味では、氷河の心を安んじさせるものであり、同時に その胸中に もどかしさを生むものでもあった。 氷河の心は複雑だったのである。 氷河は もちろん、仲間としても、一人の人間としても、瞬に好意を抱き 信頼していたが、それ以上に 瞬に恋する男であったから。 |