氷河の三度目の変身の目的と目標は、白鳥座の聖闘士が瞬を好きでいる事実を 瞬に知らせること。 そして、白鳥座の聖闘士に対する瞬の気持ちを確かめること。 まさか、アルビオレの姿で『俺はおまえが好きだ』と告白するわけにはいかないので、氷河は 彼の欲しい答えを手に入れるために 極めて遠回しな手順を踏まなければならなかった。 「君は、星矢に好きだと言われたらどうする?」 「えっ」 最初の出会いからして 突然かつ不自然だったのだが、その質問は アルビオレの弟とアルビオレの弟子の出会いより 更に唐突で突飛なものだったかもしれない。 瞬は、『なぜ そんなことを訊かれるのか、まるで わからない』という顔を、氷河に向けてきた。 「いや、本当に そんなことがあると思っているわけではないんだ。ただ、参考のために――君は 君の仲間たちの中で、星矢と いちばん仲がよさそうだから」 「同い年ですし、星矢も気安いのかもしれないですね。親友――って言っていいのかな。星矢は明るいムードメーカーで……僕は 星矢がいてくれるから、戦いの日々の中でも暗く落ち込まずにいられるようなところがあるんです」 それは そうだろう。 氷河も、それは わかっていた。 瞬にとって、星矢は、大切な友人、得難い仲間なのだ。 「紫龍は?」 「紫龍には、心に決めた人がいるんです」 その答えも、予想通り。 全く意外性のない答えを瞬から返されて、氷河の心臓は 急に大きく速く波打ち出した。 次の質問と、次の質問への答えが、この変身計画の最大の山場。最大の重要事項。 いわば、この変身計画の核といっていいものなのだ。 氷河は もちろん、次に『氷河に好きだと言われたら?』と、瞬に訊くつもりだった。 訊くつもりだったのだが。 残念ながら、氷河は そうすることができなかったのである。 氷河が その質問を口にする前に、瞬が どんでもないことを言い出してくれたせいで。 とんでもないこと――それは 爆弾発言と言っていいものだった。 白鳥座の聖闘士の恋と、この変身計画と、白鳥座の聖闘士の人生を、一瞬で粉砕してしまうような悪夢の一言。 瞬は、氷河が最後の質問を口にする前に、 「先生。僕、好きな人がいるんです」 と言ってくれたのだ。 「いないと言ったじゃないか!」 氷河の叫びが 非難の色を帯びたものになってしまったのは――というより、非難そのものになってしまったのは――致し方のないことだったろう。 これでは話が違う。 全く違ってしまうのだ。 明白に非難――瞬にでも非難とわかるだろうほどに非難――の言葉を投げつけられても、瞬は驚いた様子は見せなかった。 逆に、かえって落ち着きを増したような表情と口調で、瞬は氷河に言ってきた。 「つい最近 自覚したので……。先生とお会いして、先生とお話をさせていただいているうちに」 「なに?」 まさか、瞬は、偽者のアルビオレに恋をしてしまったとでもいうのだろうか? だとしたら――だとしたら、白鳥座の聖闘士は 化ける人物の選択を誤ってしまったとしか言いようがない。 瞬の師(の偽者)とはいえ、若い美形になど化けるべきではなかったのだ。 先達を見習って 老婆にでも化けるべきだった――と、氷河は、今更ながらに 自らの愚かな人選を マリアナ海溝より深く後悔したのである。 ウェルトゥムヌスが 恋から卒業したような老婆に化けて 恋人に近付いていったのには、極めて妥当な理があったのだ――と。 自身の愚挙愚行に腹を立て、焦り、混乱する氷河を、瞬が じっと見詰めてくる。 やがて瞬は 小さな声で――その年の春に最初に咲いたスミレの花に囁きかけるように小さな声で――この場にいない男の名を口にした。 |