恋の矢






容姿端麗、眉目秀麗、頭脳明晰、機略縦横、勇猛果敢、剛毅果断、マザコンなのが玉にきず
――というのが、ヒュペルボレイオス王国の氷河王子に関して、衆目の一致する世評だった。
マザコンなのは少々問題ではあるが、氷河王子の母君は王子が幼い頃に病で亡くなっており、たとえば氷河王子が奥方を迎えることがあったとしても、嫁姑問題が発生する可能性は皆無と言っていい。
そういったことを考えれば、美しく、賢く、勇敢な氷河王子は、一国の王子としては ほぼ完璧。
にもかかわらず、氷河王子が可愛らしい奥方を迎えないことは、いかにも奇妙なことである。
氷河王子なら、女の子は よりどりみどり。
しかも、ヒュペルボレイオス王国は、経済面でも、文化面でも、軍事面でも、この地上に存在する国々の中で1、2を争う超大国。
国の運営のために 政略結婚を考えなければならないような事情もなく、大国の王女であろうと、貧しい家に生まれた可憐な美少女であろうと、誰を妻に選んでも、どこからも文句は出ない。
そういう点でも、氷河王子は、極めて自由で、恵まれた王子なのである。
それゆえ、いつまで経っても浮いた噂一つ出てこない 氷河王子の身辺を、ヒュペルボレイオス王国の国民は、常々 不思議に思っていたのだった。

が、結局のところ、それはマザコン問題だったのである。
氷河王子のマザコンは、玉に瑕ではなく、瑕そのものが玉だったと言っていいほど、重篤な病だったのだ。
氷河王子の母君は、氷河王子が6歳の時、若く美しいままに亡くなった。
その面影は 氷河王子の中で理想化され、それだけなら まだしも、今では 氷河王子は、母君より美しい女性の存在が許せなくなってしまっていたのである(氷河王子自身は、その事実を意識してはいなかったが)。

マーマより素晴らしい女性が この世に存在するはずがない。
だから 自分は 一生 恋には無縁だろう。
そもそも恋など、母の愛に比べたら どれほどのものだというのか。
それが、氷河王子の主張にして、氷河王子にとっての絶対の真実。
氷河王子は、恋に血道をあげて愚行を繰り返す馬鹿者たちの話を聞いては、彼等を軽蔑していたのである。






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