そんなふうに、二人の出会いは最悪だった。
最悪ではあったが、氷河にとって、瞬との出会いは 印象的かつ鮮烈なものではあった。
なにしろ、瞬との出会いを果たした際、氷河は 彼の母のことを一瞬たりとも思い出さなかったのだ。
『マーマに勝るか、劣るか』で 人の美醜を判断することを習性にしている氷河が、その比較行為を行なうことなく 瞬を美しいと思ってしまっていたのだから、氷河の人生において、それが画期的な出来事だったのは間違いない。
瞬の容姿が申し分のないものであることだけは、氷河も認めないわけにはいかなかった。
だが、その性格、言動は――。
氷河は、瞬のそれを 到底 好ましいと思うことはできなかったのである。

エティオピアの王は、ヒュペルボレイオスの王子が花嫁探しの旅に出たという噂――事実と異なる噂――だけは聞いていたらしく、瞬の口添えもあって、好きなだけ城中に滞在して構わないと、氷河に言ってくれた。
もっとも、瞬が兄に口添えをしてくれたのは、氷河の花嫁探しに協力するためではなく、彼自身の目的のため――氷河との勝負で勝利を治め、氷河の認識を正すという目的を果たすため――だったろう。
翌朝、瞬は早速、氷河に与えられた部屋に押しかけてきて、
「さあ、僕と勝負しましょう。氷河は、昨日 僕が言ったことを信じていないでしょう? 剣、弓、拳闘、鬼ごっこに かくれんぼ。氷河の得意な競技があったら、それも。僕は本当に 氷河が思っているような か弱い子供じゃないし、ゴールディちゃんだって、人を襲ったりするような子じゃないんです」
と、まだ寝台に横になっていた氷河を急かしてくれたのだから。

「もう しばらく寝かせておいてくれ。夕べ、よく眠れなかったんだ」
日が昇って まもない時刻から、起床もしていない客人を叩き起こすのがエティオピア王室の作法なのか。
瞬は、自分が か弱い子供で、あの化け獅子猫が人に襲いかかる凶暴な獣だという氷河の認識を一刻も早く正したいらしいが、少なくとも昨日のうちに、瞬が か弱い子供だという氷河の認識は、氷河の中で既に撤回されていた。
氷河の中では、瞬は“か弱い子供”ではなく“気が強く、騒がしい子供”だと、既に 修正済みだったのだ。
こんな うるさい子供の言いなりになってたまるかと、氷河は寝台の上で 大きく寝返りを打った。

寝台の枕元に立っていた瞬が、不満そうな声音で、
「呆れた寝ぼすけさんですね」
と、氷河を評してくれる。
旅の疲れが出たのかとか、寝具や寝室に不都合があったのかとか、遠来の客を案じる考えは出てこないのかと、(言葉にはせず、胸中で)氷河は瞬の態度に毒づいた。
実際、氷河の今朝の目覚めが爽やかなものでなかったのは、旅の疲れが出たのではなかったが、夜になっても下がらない南国エティオピアの気温が 氷河を熟睡させてくれなかったせいだったのだ。

「僕はもうゴールディちゃんと朝の散歩を済ませました」
「よかったな。俺は朝飯も食っていない」
「……」
さすがに、寝起きで空腹な人間相手に勝負を挑み、それで勝っても自分の目的は達せられないと、瞬は考えてくれたらしい。
もっとも、なかなか寝台から起き上がろうとしない氷河に、
「朝食は、こちらに運ばせます? それとも、食堂でとる方がいいですか?」
と 瞬が尋ねてきたのは、やはり氷河に朝食を急かすためだったろうが。

わざと ゆっくり起床し、わざと時間をかけて朝食をとり、可能な限り長く食後の休憩時間を要求した後、氷河が 瞬の勝負の求めに応じてやったのは、いわば 宿泊料代わりのサービスのつもりだった。
たとえ瞬がエティオピアで1、2を争う剣の使い手であっても(そういうことになっていても)、それは本当の実力者たちが 王子である瞬に勝利を譲ったからにすぎないだろうと、氷河は思っていたのだ。
その事実を教えてやるのが年長者の務め。
そう考えて、氷河は瞬の勝負の申し出を受けてやったのである。

が、勝負の結果は、氷河の負け。
瞬の力を見誤っていたのは、氷河の方。
瞬は、本当に強かったのだ。
剣も、弓も、徒手での格闘術も、瞬は氷河と五分五分の力を持っていた。
“隠れんぼ”で、氷河が 自身の不戦敗を受け入れたことで、二人の勝負は“瞬の勝ち”で決着を見たのだが、その競技(?)を除外して考えても、年上の氷河が瞬と五分五分なら、それは氷河の負けと言っていい結果だったろう。

容姿は申し分なく、運動能力、身体能力、運動神経 及び その技術も秀抜。
言葉を交わしていて わかるのだが、頭の回転も速い。
これで性格がよく、他者への思い遣りの心を持っていたら、文句のつけようもないのに――と、氷河は瞬に感嘆し、瞬の欠点を惜しむことになったのだった。

隠れんぼの不戦勝には不満を覚えているようだったが、瞬の目的は、氷河に勝つことではなく 氷河の認識を正すことで、その目的は達成されたと、瞬は判断したらしい。
氷河が、自分の認識を改めると告げると、瞬は素直に氷河を解放してくれた。






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