さて、オリュンポスに戻ったエロスは、そんな氷河のありさまを、彼の母である愛と美の女神に報告した。 愛の力の偉大さに 打ちのめされ、まもなく ヒュペルボレイオスの氷河王子は その命を終えるだろう。 その報告を受けた愛と美の女神は、愛の力を軽んじていた氷河の悲惨な末路に留飲を下げ、息子の仕事振りを褒めてくれるものと、エロスは考えていた。 我儘で 気まぐれで 奔放――夫がいる身で、次から次に自分の寝床に男を引き入れている愛と美の女神を(実はエロスも、彼女の夫の子ではない)、エロスは、呆れ、蔑み、恐れ、愛していた。 自分が母の資質を 相当の割合で受け継いでいることも自覚していたし、息子への彼女の影響力も強大。 機嫌のいい時の彼女は優しい女性でもあったので、エロスは基本的に彼女に従順。 彼女の喜ぶ顔を見ることは エロスを幸福にし、心を安堵させ、そしてエロスに平穏をもたらすものでもあった。 そして、今。 愛の力を軽んじていた氷河王子は、愛の力の前に膝を屈し、死に瀕している。 すべては、彼女の望み通りになった。 当然 彼女は大喜びし、息子の苦労をねぎらってくれるものと、エロスは思っていたのである。 ところが。 エロスの報告を聞いた途端、愛と美の女神は 怒髪天を衝いて、息子を大声で怒鳴りつけてきた。 「氷河王子は、私のための壮麗な神殿を建てて、私を崇め讃えると言っていたんでしょう !? その前に死なれたりして たまるものですか! エロス! おまえ、何を のんきに ぼやーんとしているの! 氷河王子を死なせてはなりません! 氷河王子が私の神殿を建てる前に死ぬようなことがあったら、私はおまえから神の力をすべて奪ってやるからね!」 「か……かーちゃん、そんな……」 自分では何もしないくせに、要求だけは一人前――むしろ無限大。 いくら何でも横暴がすぎるのではないかと、文句を言える立場に エロスはいなかった。 彼の、恋の神としての力は、愛と美の女神である母から与えられたもの。 その力を奪われてしまったら、エロスは何の芸もない、死なないだけの子供になってしまうのだ。 母の剣幕に震えあがったエロスは、その事態を打破するために、彼にしては迅速かつ積極的に、その活動を開始したのである。 |