氷河を死なせたくはない。
彼に死なれたくはない。
彼が死んだら、とても悲しいだろうと思う。
最初の出会いでの誤解も、彼は、凶暴な獣から 非力な子供を守ろうとしてくれただけで、氷河の胸には 悪意など かけらもなかっただろう。
ゴールディのことを知らない異国人が あの場に居合わせたなら、大抵の人間は我が身を守るために、不運な子供を見捨てて 一人で逃げ出していたに違いないことも、瞬には わかっていた。

氷河の行動は 最初から最後まで、瞬を守るためのもの。
彼は自分の益も不利益も考えず、ただ瞬を守るためだけに、凶暴な獣(にしか見えない)ゴールディに飛びかかっていってくれたのだ。
そして、そのために 彼はエティオピアの王子と関わりを持つことになり、そのせいで 彼は今 死に瀕している。
放ってはおけない。
放っておくことはできない。
しかし――。

長く悩んでいる余裕は、瞬には与えられていなかった。
瞬が悩んでいる間にも、氷河の心身は死に向かって歩みを進めているのだ。
一晩で1年分の悩みを悩み、そうして瞬は決意したのである。
どうあっても、どんなことをしてでも、自分は氷河の命を救うのだと。

ヒュペルボレイオスに向い、氷河の寝台に こっそり忍び込み、彼と“一度だけ結ばれる”。
そして、氷河に『これは夢だ』と言って、朝が来る前に 逃げてしまえば、氷河の胸の黄金の矢は溶け、彼の まやかしの恋は消える。
それで氷河は死なずに済み、エロスの矢のせいで生まれた偽りの恋に縛られることもなくなるのだ――。

それが瞬の決意、氷河を死なせないための唯一の方法だった。
迷い、ためらっている時間はない。
その日、瞬はゴールディと共にエティオピアの城を出て、ヒュペルボレイオスの氷河の許に向かったのである。






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