長い春の果てに






春から、氷河はずっと浮かれていた。
春が来たからではなく、瞬が 氷河と同じ高校に入学してきたから。
氷河たちの通うグラード学園は併設型の中高一貫教育校で、瞬は昨年度までは 同学園の中等部に在籍していた。
瞬のいる中等部校舎と氷河のいる高等部校舎は、同じ学園の敷地内とはいえ、広い敷地内の西の端と東の端にあり、両者の間には かなりの距離がある。
その上、二つの校舎の間には、学園創設の際、自治体から 壊すことを禁じられた平安時代の貴族の住居跡があり、その保全のために自由な行き来が禁じられていたのだ。
そういった物理的障害に加えて、グラード学園では、体育祭、文化祭等のイベントも 中等部と高等部では それぞれ別に行われるため、一緒に楽しむことができない。
氷河は、いったい何のための中高一貫教育なのかと、この1年、学園の方針に憤慨し続けていたのだ。

が、ついに この春、そういった障害が、瞬の高等部進級によって一気に取り除かれたのである。
氷河の機嫌がいいのも当然のことだったろう。
更に言うなら、瞬の高等部進級と同時に、瞬の兄が高等部を卒業していったことも、氷河の上機嫌に拍車をかけていた。

とにかく、氷河の張り切り振りは尋常のものではなかった。
瞬が高等部に上がってくるまでは、氷河は、学業も適当、部活動も適当、委員会活動には無関心無関係を貫き、各種イベントもさぼることしか考えていないような、怠惰で無気力な生徒だった。
それが、瞬が高等部に進級するや、新年度考査で学年トップの成績をとり、部活動は無所属から(瞬が入部した)社会福祉研究部に入部して、(ボランティア精神など持ち合わせていないのに)熱心な活動を開始。
(瞬がクラス委員に選出されることを見越して、共にクラス委員会で活動するために)クラス委員になり、瞬が参加しそうな各種活動にも意欲的に参加。

それもこれも、すべては瞬にカッコいいところを見せたいがため、瞬の好意と尊敬を勝ち得んがため。
やる気のない生徒だった氷河の変身の原因と目的は極めて明確かつ明瞭だった。
瞬と引き離されていた この1年間の氷河の怠惰振りが尋常のものではなかっただけに、彼の突然の豹変に、彼の周囲の者たちは驚かされることになったのである。
もっとも、つい1年前までは、氷河は決して やる気のない生徒ではなかったのである。
中等部の頃の氷河は、(瞬が同じ校舎にいたので)学業は言うに及ばず、スポーツでも あらゆる種目に秀で、生活態度も品行方正。
学園で“優等生”といえば氷河の名が出てくるほど、優秀な生徒だった。
そんな氷河が、高等部に進級した途端、見事な落ちこぼれになったのは、学園内で瞬の目を気にする必要がなくなったから。
瞬のいないところで真面目で優秀な生徒を演じることに 意味と意義を見い出せなかったからだった。

氷河の中等部時代の優秀さ、高等部進級後の落ちこぼれ振りを知る 一般の生徒たちは、氷河を“十で神童、十五で才子、二十歳過ぎればただの人”を地でいく男だと思っていた。
もはや落ちこぼれていくだけと思われていた氷河の、まさかの優等生復帰。
氷河の鮮やかな変身を、学内の多くの生徒は驚きをもって迎えることになったのである。
もっとも、氷河の人生のモチベーションを生むものが何であるのかを知っている彼の幼馴染みたちは、彼の各分野でのV字回復を少しも驚くことはなかった。
氷河とは同学年の紫龍はもちろん、瞬と共に高等部にあがってきた星矢も当然。
校舎が離れているので、実際に自分の目で見てはいなかったのだが、紫龍から、高等部での氷河の怠け振り、落ちこぼれ振り、無気力振りを聞いていた星矢は、あまりに氷河らしすぎる変貌に 大いに呆れはしたが、全く驚きはしなかったのである。
それはごく自然な現象。
明白な原因があって、その原因が導いた当然の帰結。
氷河を知る彼の幼馴染みたちには、それは、奇跡の復活でも何でもなかったのだ。






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