「どうやら、あの三人は、ガキの頃の氷河の無責任な たわ言を信じて、自分は氷河の婚約者だって言い張ってるみたいなんだよ。悪いのは もちろん氷河だけど、そこは分別のない子供のしでかしたことと大目に見て、あの三人に氷河を諦めさせるために力を貸してくれ。氷河には、あの三人以外に本命がいるんだ」
「あの人たちに 氷河を諦めさせるって、どうやって」
たとえ一人の人間の人生を変えるほどの罪を犯したのだとしても、幼児に その責任を問い 罰を科すことはできないという法律は、被害者の立場にある者には得心のいかないことだろうが、分別のない年齢で罪を犯した者には 幸いな法律である。
星矢と紫龍から現状打破のための協力を要請された瞬は、幼い頃の氷河がしでかした過ちを責めることはしなかった。
自分が そんな要請を受けることに戸惑いはしたようだったが。

「あー……。それはさ、氷河の本命に代わって、あの三人に、おまえが“才長けて、見目麗しく、情けあり”なところを 見せつけてやれば、あの三人も負けを認めて引き下がってくれるだろ」
「僕が? それは、氷河の本命だという人がすべきことなんじゃないの?」
それはもちろん、瞬の言う通りである。
であればこそ、星矢たちは瞬に力を貸してほしいと申し出たのだ。
あくまでも瞬のために、星矢たちは その事実を瞬に知らせることはしなかったが。

「氷河は本命に片思いで、告白もしてないんだ。頼みたくても頼めないんだよ」
「おまえなら、成績は学年トップだし、見目の方も申し分ない。情けは――おまえと一緒にいれば、あの三人も 自然にわかってくれるだろう。氷河を苦境から救うため、そして、氷河の無責任な発言に縛られている あの三人を自由にしてやるためだ。瞬、力を貸してくれ」
「……」
幼馴染み二人に そんなふうに頼まれれば、いつもの瞬なら 二つ返事で快諾してくれるところである。
が、今日の瞬は、いつもとは少々 様子が違っていた。
すぐに承諾の返事を返すことなく、何やら迷い ためらっている素振りを見せる。
そうしてから 瞬は、彼の幼馴染みたちに、
「氷河の本命の人って、誰なの」
と尋ねてきた。

その質問に答えることができるなら、事は もっと容易かつ迅速に解決するのである。
しかし、その問いに答える権利を、星矢と紫龍は有していなかった。
「そりゃまあ、“才長けて、見目麗しく、情けあり”な子だよ。氷河は、その子にガキの頃から ぞっこんでさあ……」
それが誰であるのか。
たとえ10年来の幼馴染みとはいえ、それを瞬に知らせる義務も義理も、氷河は瞬に対して負っていない。
瞬も それはわかっているようだった。
それでも瞬は、氷河が自分に その人の存在を秘密にしていたことに 落胆を覚えずにはいられなかったのだろう。
「そう……。氷河に そんな人がいたの」
力無く そう呟いて、それでも瞬は、もし そういう機会があったなら 自分にできるだけのことをすると、彼の幼馴染みたちに約束してくれたのだった。


学業、美貌、優しさ。
その三種目で、あの三人に勝つことのできる、子供の頃からの氷河の知り合い。
その条件に当てはまる人間は瞬しかいない。
星矢と紫龍は、暗に『それはおまえだ』と教えてやったつもりだったのだが、瞬は星矢たちの暗示に気付いた様子は 全くなかった。






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