空は晴れているのに――氷河の瞳のように、雲一つなく晴れ渡っているのに、突然 瞬の頬を ひと粒の雨の雫が打つ。 空は晴れているのに、またひと粒。そして、また ひと粒。 「あ……あれ? どうして雨が――」 氷河のために、必死になって 彼のエルピスを探した。 氷河に、そんなものを探しても無駄だと言われ、アテナに エルピスという名の乙女を探し出すことはできないと言われても。 片腕でも戦い続けることができるように努力することを選んだ白鳥座の聖闘士の決意を わかってほしいという氷河の気持ちを知っても。 それでも、氷河のエルピスを探し続けた。 氷河は それを望んでいない。 自分のしていることは自己満足にすぎないとわかっていても、瞬はなお 探し続けた。 晴れた空から降ってきた雨の雫が、自分の瞳から零れ落ちた涙だと認めざるを得なくなった時、瞬は、自分が本当は何のために 誰のためにエルピスを探し続けていたのかを、今度こそ 本当に思い知らなければならなくなってしまったのである。 それは もちろん、自分のためだった。 氷河を救う力を持たない自分が悲しいから、その悲しみを紛らわせるため。 氷河のエルピスが 自分の他にいることが つらいから、そのつらさを忘れるため。 何よりも、この涙を氷河に見られるわけにはいかないから。 「氷河が何と言おうと、僕は氷河のエルピスを探し続ける!」 そんな自虐的なことをして、自分を悲しませ、つらさを募らせて、何になるのか――。 だが、少なくとも、この涙を氷河に見られずに済むところに行ける。 自身の問いに自身で答え、瞬は氷河の前から逃げ出そうとした。 氷河が、彼に動かすことのできる方の腕をのばし、瞬の手を掴まえる。 そうして、恐いほどに強い力で瞬を振り向かせると、氷河は 怒鳴りつけるように大きな声を瞬にぶつけてきた。 「俺が好きなのは おまえだっ。だから、エリスに呪いを解く方法を告げられた瞬間に、俺は俺の右腕を諦めたんだ!」 涙で濡れた睫毛で、瞬は一度、そして もう一度、瞬きをした。 こんなふうに――怒鳴りつけるように、叱りつけるように、その事実を瞬に告げることは不本意だったらしく――そう言い終えてから、氷河は きつく唇を引き結んだ。 「氷河……」 瞬が仲間の剣幕に怯えていることに気付き――それは誤解だったのだが――瞬は氷河の剣幕に怯えているわけではなかったのだが――氷河が すぐに その唇を微笑の形に変える。 「結構、いけるようになったんだぞ。小宇宙はこれまで通りに生むことはできるんだからな。聖闘士なんて、要は小宇宙だ。これまで撃つことができていた拳はすべて、これまで通りに撃つことができる。いや、片腕が使えない分、無駄な動きを排除したから、これまで以上に威力を発揮できるようになった。普段の生活でも、食事、着替え、物の移動――できないことはない」 「氷河……」 青く晴れた空から、なぜ突然 雨が降ってきたのか、瞬には もうわかっていた。 それが、降らなくてよかった雨だったことも。 「だから、頼む。エルピスなんて得体の知れない輩を探そうとなんかしないでくれ。俺は、自分の腕を失うことより、そんな女を探すために必死になっている おまえを見ていることの方が つらいんだ」 「氷河……僕……」 空は晴れているのに――氷河の瞳のように雲一つなく明るく晴れ渡っているのに、また新しい雨が降ってくる。 その雨の雫が 瞬の瞳を潤ませ、視界をぼやけさせる。 だが、その雨はもう、冷たく悲しい雨ではなく、温かく優しく幸福な雨だった。 「俺は諦めたんじゃない。希望を捨てたわけでもない。新しい希望を見付け、その実現のために努力しているだけだ。おまえが好きだから。おまえが俺の希望だから」 「氷河のエルピス……僕が……?」 「あー……。ついでに言うと、俺は片腕でも、おまえを抱きしめることはできるぞ。おまえさえ よければ」 「あ……」 |