花をつけていない銀木犀の木の傍らに立っていたのは、やはり氷河だった。 陽光のように明るく輝く金髪の持ち主に、星も月もない夜の闇のような漆黒の男が対峙している。 あまりに対照的な姿を持つ二人。 先に声を発したのは、闇色の姿を持つ男の方だった。 「貴様は何者だ!」 「わかっているのではないか?」 金色の陽光が、闇の誰何に答える。 その声も氷河のもの。 彼が名乗った名も、もちろん その姿と声の持ち主の名だった。 「俺は氷河だ」 「嘘をつけ!」 「俺の瞬がここにいるだろう。俺は、瞬に愛されている氷河だ」 「瞬に愛されているだと? ほざけ!」 「瞬は俺を愛しているんだ。瞬を俺に渡せ。おまえが どれほど瞬に愛を求めても、瞬の愛は俺だけのものだ」 「そんなことができるか!」 メランが きっぱりと氷河の望みを撥ねつける。 このまま氷河が諦めて どこかに去ってしまったら、もう二度と氷河に会うことは叶わないかもしれない。 そう思うと、瞬は、メランの怒りを恐れて 花の陰に隠れ続けていることができなかった。 「氷河! 僕を連れ戻しに来てくれたの!」 氷河に駆け寄ろうとした瞬を、メランの手と目が 強く引き止める。 瞬の細い手首を 獣を捕える罠のように きつく掴みあげ、そのまま視線を氷河の上に転じると、メランは、 「消えろ!」 と、彼の城への侵入者に命じた。 「ここは、神との約定によって、俺に与えられた城だ。少なくとも ひと月の間は、俺が この城の主。俺の許しがない限り、誰も――たとえ神でも、ここで自由に振舞うことはできない。今すぐ、ここから消え失せろ!」 メランの断固とした命令に、氷河は ひるんではいなかった。 むしろ、そんなふうに声を荒げて命令しなければならないメランを侮り 嘲っているような笑みを、氷河が その目許に刻む。 だが、それ以上 メランに抗することはせず、氷河はゆっくりと その場から消えていった。 氷河は いずれかの神の力を借りて、ここにまで やってくることができたのだったらしい。 その姿の消え方は、人間の業ではなかった。 それでも――いずれかの神の助力を得ていてもメランの命令に逆らい続けることができないというのなら、メランが約定を交わした神は いったいどれほど強い力を持つ神なのか。 もちろん そんなことは、あの日食を起こした力 一つとっても わかりきっていることではあったのだが。 「ひどい……。悪い人じゃないと……優しい人だと思っていたのに……」 しかし、今は そんな神の正体や力の強大よりも、氷河が消えてしまったこと、そうなるように仕向けたのがメランだということの方が、瞬には大きな悲嘆と失望の因だった。 全身の力が抜け、瞬が 庭の下草の上に へたり込む。 いくら目を凝らしても、瞬は そこに再び氷河の姿を見い出すことはできなかった。 |