そんなふうにして哀れな虜囚を悲しませ 希望を奪っておきながら、自身が傷付けた相手に 手を差しのべて、
「俺を愛してくれ」
と求め続けることのできるメランの気持ち――神経が、瞬には理解し難かったのである。
兄に頼んで、メランを いずこかの領地の領主にしてもらおう。弟の命と引き換えであれば、兄は それくらいの望みはすぐに叶えてくれるだろう――。
瞬の中にあった そんな計画は、今は完全に霧散してしまっていた。

「愛してくれ、愛してくれ。あなたは、愛を求めて――求めるばかりで、僕に何もくれない。氷河も消しちゃう。氷河なら……氷河は、僕が欲しいって言えば、何でも持ってきてくれたよ。花だって 小鳥だって、何だって。きっと、僕が望めば、星だって、月だって、氷河は持ってきてくれた。だから僕は、そんなもの欲しいなんて言わずに、氷河が側にいてくれれば それだけでいいって、いつも氷河に言ってたんだ。なのに、あなたは僕に何もくれない。あなたは、僕を悲しませることしかしない……!」
メランが どれほど強大な力を持つ神の庇護を得ていようと、たとえ彼自身が神であったとしても、瞬は彼を責めずにはいられなかった。
神の力など、少しも恐くない。
氷河に二度と会えないことに比べたら、そんなものは、瞬の心に針の先ほどの痛みも傷も恐れも 運んでくることはできなかった。

「瞬……」
瞳に涙をにじませて彼を責め なじる瞬を、メランは つらそうに見詰めてきた。
その瞳に たたえられている悲痛の色は、涙より深く濃く――彼の様子に、瞬は 戸惑わずにいられなかったのである。
あの異様な日食を起こすほどの力を持つ者が――実際に彼自身が起こしたのでなかったとしても――なぜ無力で小さな人間の非難の言葉ごときに そんな つらそうな目をするのか。
彼の眼差しが たたえる悲傷に、瞬は罪悪感を覚えた。
自分が彼にぶつけている嘆きと詰責は、彼に愛を求められている者の傲慢が作り出すものなのではないかと。

瞬は これまで、人を責めたり、傷付けたりしたことがなかった。
瞬が ただ存在することだけで傷付くような人間がいるのなら、それは瞬の認識の埒外のことになるが、少なくとも 直接の言動によって誰かを傷付けた経験はない。
だから、なぜ彼が傷付くのか、その訳が瞬には わからなかったのである。
無力な子供に言いたい放題をされて腹を立てるのなら、その気持ちは わからないでもない――当然のことだろうと思うこともできるのだが。

事情はどうあれ、彼を傷付けたのは自分なのだから――そう考え、その事実を認め、瞬は 彼に謝った。
「ご……ごめんなさい。あなたには あなたの事情と都合があるっていうことも、叶えたい望みがあるんだっていうことも わかってる。でも……僕は氷河に会いたい。氷河と一緒にいたい……」
「すまない。その望みだけは叶えてやれないんだ。すまない」
「……」
メランは、瞬の望みを叶えてやることはできないと言い続けたが、瞬を責めるようなことは何も言わなかった。
これほど強大な力を持つ人を、一方的に責め、なじり、傷付けた。
どんな報復を受けても、それは当然、是非もないことと、瞬は覚悟していたのだが、彼は瞬に そういったことは一切しなかった。






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