「なるほど、そういうことだったのか。おまえ等は裏で結託して、堕落した男を救う 崇高な事業に取り組んでいたわけだ」
このまま 何も聞かなかった振りをして この場を去り、素知らぬ振りをして元の怠惰な宮廷貴族の一人に戻るのが、彼等への いちばんの意趣返しになるだろうとは思った。
だが、ヒョウガには そうすることができなかった。
このまま何も言わず、冷静に彼等への意趣返しに取りかかるには あまりにも、ヒョウガの心、ヒョウガの感情は乱れ荒れすぎていたのだ。
彼等に――シュンに――目に見える反撃の矢を撃ち込んでやらないことには、ヒョウガの荒ぶる心は落ち着いてくれそうになかったのである。

「ヒョウガ……」
突然 その場に現れた(元)宮廷一の放蕩児に、セイヤたちは――シュンも――驚いて 目をみはった。
そんな友人たちを ひと渡り眺めてから、ヒョウガは かなり無理をして、皮肉の色の濃い笑みを 彼等のために作ったのである。
「さぞかし いい気分だったろう。娼婦マリアや迫害者パウロを回心させたイエスの気分を味わえたんじゃないのか」
自分に責める資格がないことは わかっていた。
堕落か更生か。方向が違うだけで、彼等と全く同じことを、ヒョウガはシュンにしようとしていたのだ。
それも、厚意からではなく賭け事として。
その事実を棚に上げ、一方的に彼等を責めるのは卑怯以外の何物でもない。
しかし、その卑怯なことを、今のヒョウガはせずにいられなかったのだ。
自分が、彼等の計画によって傷付いたことを隠すために。

シュンが、切なげな目で ヒョウガを見詰めてくる。
これまでヒョウガが『俺を愛してくれ』『俺を救ってくれ』と求めるたび、シュンが見せていた眼差し、表情。
あれは、愛を求めてくる男に応えるべきか否かを迷っている者の 切ない眼差しではなかったのだ。
そうではなく――馬鹿げた賭け事に勝つために 心にもないことを言っている男に呆れ、持て余している者の瞳だった。
そう思うだけで、ヒョウガは いたたまれない気持ちになった。
自分に愛と救いを求めてくる男を受け入れるか否かを、シュンは真剣に悩んでくれているのだと信じ込んでいた昨日までの自分に腹が立って仕方がない。

「ヒョウガ……そんな言い方……。みんながヒョウガのことを心配しているんだよ」
「心配してくれと頼んだ覚えはない」
「ヒョウガ。ヒョウガは、セイヤやシリュウや……兄さんの気持ちがわからないの……!」
「まさかイッキまでが、こんな企てに加担しているとは思わなかった。だが、俺は そんな奴等のことはどうでもいいんだ。おまえが――おまえまでが……!」
野に咲く清らかな百合が 何も知らず、愚か者の苦悩に心を痛めてくれているのだと思っていたのに、実際は、シュンは、兄の頼みだったから、愚かで哀れな男を救済しようとしていただけ――いやいや その相手をしていただけだったのだ。

善意、厚意、友情――。
それが悪意からのことでなかったのはわかっている。
セイヤもシリュウもイッキも――誰も そんな気持ちは抱いていなかった。
だが、ヒョウガが欲しかったのは、シュンに僅かでも与えてほしいと思っていたのは、善意でも友情でも同情でもなかったのだ。






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