「おまえを 俺の国に持ち帰ることはできないだろうな……」 氷河が瞬の前で そう呟いたのは、彼がトリトスにやってきて半月ほどが過ぎた頃。 瞬の兄が『あの遠慮を知らない馬鹿王は、いつまで この国にいるつもりだ』と苛立ち始めているらしいことを、王宮に務めている小間使いたちのお喋りで知った あくる日のことだった。 瞬の兄の言う通り、いつまでも この美しい国にいるわけにはいかない――いつまでも 瞬の側にいることはできない。 どんなに瞬と共にいる時間が快くても、それはできないことなのだ。 為すべきことを為すべき時がきている。 自分がこの国にやってきた目的を、氷河は 懸命に自分に思い出させ、懸命に自分を奮い立たせようとしていた。 「えっ……」 氷河の呟きに驚き弾かれたように、瞬が その顔を上げる。 氷河は慌てて 自分の失言をごまかした。 「あ、いや……。せっかく美しいものだけでできている国に来たんだから、その記念になるようなものを――俺の国と おまえの国の友好の証となるようなものを 国に持って帰りたいと思ったんだ。だが、俺が この国で出会った最も美しいものは持って帰れない。そんなことをしたら、おまえの兄が激怒して、俺の国と おまえの国は友好どころではなくなる。しかし、おまえに代わる美しいものとなると、さて何があるだろうと、途方に暮れていたんだ」 「え……あ……あの……」 瞬が頬を上気させ、落ち着きなく 二度三度と瞬きを繰り返す。 その様を、氷河は どこかぼんやりした目で、心が どこかに行ってしまったような気分で、視界に映していた。 これから俺は、この瞬を騙し、裏切る。 そんなことはしたくないのに、そうしなければならない。 そうしなければならない自分が、氷河は哀れに思えて仕方がなかった。 「この国に来た他国の者は、どういったものを来訪の記念にするんだ? 時計、宝石箱、装身具……ああ、楽器という手もあるな。いい品や職人がいたら教えてくれ。金は いくらかかっても構わん。できれば自分で持って帰りたいから、既にあるものか、すぐに作れるようなものを」 そう言えば、瞬は、二つの国の友好の証となるものを 金で贖わせるわけにはいかないと考えて、新王国の国王のために この国の相応の宝を贈り物にしたいと考えるだろう。 美しいもので あふれている この国、この王宮から、友好国の王に何を贈ればいいのかを考えあぐね、そして――。 「そんな……僕たちの国の友好の証となるものを、氷河に お金で贖わせるなんて……。あ、そうだ。僕、まだ、氷河を宝物殿に ご案内していませんでしたね。あそこを見せるのは、なんだか 自分の国の技術や財力を ひけらかすようで、品がないことのような気がして――。でも、あの、この城の宝物殿は僕の国で最高の技術を持った人たちの 最高の作品を残すための博物館になっているんです。あそこにあるものなら どれでも、氷河のお城に飾って みすぼらしく見えることはないと思います。ご覧になりませんか」 新王国の国王に何を贈ればいいのかを考えあぐねた瞬は、氷河が この王宮で まだ見せてもらえずにいた ただ一つの場所に、卑劣な裏切者を案内してくれるだろう――。 氷河の その策は図に当たった。 |