「やはり、神に選ばれた者でないと 鞘から抜くこともできないというのは、奪っても無駄と思わせるための嘘だったか」 黒い絹の中敷きに並べてある鞘と剣が、ランタンの小さな灯の中に浮かぶ。 それは、伝説の剣に関心を持っている異国の王を牽制するためのトリトス国王の虚言だったのだろう。 水晶のケースの蓋をスライドさせて、注意深く剣を取り出しながら、氷河は 夜の闇の中で 低く呟いたのである。 それでも用心のために 刀身を鞘に収めることはせず 抜き身のままで 伝説の剣を手にすると、氷河は 夜陰に紛れてトリトスの城を脱出した。 「やはり、伝説の剣が目当てだったか」 翌朝、トリトスの国が 喜んでいるようにも聞こえるほど翳りのない声で そう言ったのは、王宮の西側に建つ厩の前。 「ほら見ろ、瞬。あの剣を手に入れて安心した あの男は、いずれ自国の軍を率いて この国に攻めてくるだろう。その時には、おまえ、ちゃんと自分の務めを――」 弟が、昨日まで氷河の馬が繋がれていた 今は空虚な空間を呆然と視界に映している様子を見て、兄が弾んだ声を途切らせる。 「信じた おまえに罪はない」 いたわるような響きに変わった兄の声。 瞬の瞳から、涙が 一粒 零れ落ちた。 |