そんなふうにして2週間ほど。
その日は、放課後まで、氷河からの接触がなかった。
不意打ちのような氷河の登場と やりとりが、いつのまにか――そして、なぜか――楽しみになってしまっていた瞬は、彼は下々の者に釘を刺すのは もうやめたのだろうかと 軽い落胆を覚え、そんな自分に驚くことになったのである。
そういえば あの藤袴の雑種は 花を咲かせたのだろうかと思い、氷河と知り合った泰山木の許に足を向ける。
今日は木の上に人影はなかった。
そして、雑種の藤袴は、氷河と出会った日と変わらず 蕾のままだった。

藤袴は、本来は秋に花を咲かせる野草である。
2週間前には、今にも花を咲かせてしまいそうな様子をしていたのに、さすがに それでは気が早すぎると思い直したのだろうか。
「今になって、自分が秋の花だってことを思い出したの?」
瞬にとって、花は戦いの相手ではなく、気の置けない友人のようなものだった。
だから、そういう友人に対する時と同じ口調で、声をかける。
瞬の その言葉への返事は、今日は 木の上からではなく、瞬の背後から返ってきた。

「おまえは何をしているんだ。あの時も、ここに這いつくばっていたな」
『這いつくばっていたつもりはない』と反駁しようとしたのだが、氷河が今日も来てくれたことが嬉しくて、瞬は そうすることができなかった。
胸を弾ませたまま、
「あ、これ、藤袴かなって思って」
と、自分は這いつくばっていたのではなく、花を観察していたのだということを、婉曲的に氷河に知らせる。
瞬が指し示した先にあるものを ちらりと一瞥した氷河は、瞬の報告の意図に気付いているのか いないのか、
「ヒヨドリバナとの雑種だな、おそらく」
と、応じてきた。

「わかるんですかっ」
「当たりまえだ。俺を誰だと思っている」
ぶっきらぼうなのは相変わらずだが、下々の者が関心を抱いているものに 氷河が知識を持っていてくれたことは、瞬には嬉しい驚きだった。
そのせいか、今日は あまり彼を恐いと感じない。
「それは もちろん……。でも、こんな野草は、生け花の材料にはならないでしょう? 園芸店でも あまり扱っていない花だから。綺麗な花をつけるし、蕾だけだって こんなに可愛いのに」
「可愛い?」

それが野草の――しかも 雑種だからなのか、そう反問する氷河の口調は吐き捨てるようだった――まるで 花を軽蔑しているようだった。
温室の中で 人の手をかけられ ぬくぬくと育つ豪華な花より、野に咲く野草の方が よほど健気で可愛いのに――と、氷河に そんなふうに言われてしまう花に、瞬は同情してしまったのである。
だが、氷河のその言葉、その口調は、それが野草――しかも雑種の――だからではないのかもしれないと、瞬は まもなく考えを改めた。
彼にとって 花は戦いの相手――敵なのかもしれないということを思い出して。

「お花、嫌いなんですか」
「……わからん」
氷河の返事は曖昧なものだった。
もしかしたら、彼は本当に自分の気持ちが わかっていないのかもしれない。
その日、氷河は、瞬に『言わずにいるだろうな』と尋ねてくることをしなかった。






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