瞬は、手に手に武器を持った村人たちに追い詰められていた。
東の山に向かう道を 途中で脇に逸れ、川の流れがある方に向かい――瞬は、眼下に川を望む崖の縁に立っていた。
瞬は もちろん、わざと こんな後のない場所に逃げたのだ。
「魔女が、綺麗な顔で 子供たちを たぶらかしおって……!」
「子供たちだけじゃない。大人たちも すっかり騙されていた」
村人たちが 憎々しげな口調で、 殊更 騙されていたことを示そうとするのは、そうしないと魔女の仲間である嫌疑が自分たちに及びかねないからだったろう。
血気に逸った目をして――村人たちは保身に走っていた。
狂気の中で、だが 彼等は 彼等なりに必死なのだ。
自分と自分の家族を守るために。

「あ……」
武器と松明の炎で囲まれ 崖縁に追い詰められた瞬は、逃げることは考えていないようだった。
あの力を使えば逃げられるはずなのに、瞬は逃げようとはしない。
自分が魔女として殺されることで、瞬は 瞬の大切な者たちを救おうとしているのだ。
その健気な覚悟に、氷河は 目の奥が熱くなった。
瞬を死なせるわけにはいかない。
それで 自分のみならず 母の命までが失われることになろうとも。
その未来を受けとめる覚悟は、既に氷河の中にできていた。
その覚悟に突き動かされて――氷河は 瞬と村人たちの間に飛び込み、背後に瞬を庇い、半狂乱の村人たちを睨み据えたのである。

「氷河……っ!」
なぜ来たのか。
僕の気持ちがわからないのかと 悲鳴で訴える瞬を無視して、氷河は村人たちを怒鳴りつけた。
「貴様等は どこまで愚かなんだ! 貴様等から逃げることもできない、この程度の包囲も破れない、こんな非力な者が魔女のはずがないだろう。魔女は俺だ。見ろ!」
ものの見えていない村人たちへの激しい憤りと、瞬を助けなければならないという思いが、氷河の力を格段に強くしていた。
氷河が軽く指差しただけで、村人たちの周囲の木々が、その足の下にある地面が、一瞬で凍りつく。

「うわあーっ!」
「氷が……山が凍ってしまった!」
半狂乱だった村人たちが、今度こそ、保身も考えられないほど完全に恐怖だけに支配され 恐慌状態になる。
「氷河、だめっ!」
瞬だけが冷静――否、瞬も村人たちと似たようなものだった。
むしろ その場で最も動転し、激しく混乱していたのは、瞬だったのかもしれない。
大切な人――誰よりも その幸福を願っている人の命が、今 目の前で危険に さらされているのだ。
それは当然のことだったろう。

「おまえは生きろ。魔女の汚名は俺が着る」
「氷河がいないのに、僕だけ生きていてどうなるのっ!」
「瞬……」
村人たちへの威嚇をやめ、氷河は瞬の方を振り返った。
それは俺も同じだと、眼差しで瞬に訴える。
瞬は泣いていた。

村人たちを責め、傷付けるつもりはない。
彼等は昨日までは 親切で親しみやすい隣人たちだった。
魔女の疑いをかけられている者たちを慕ってくれていた子供たちの家族でもある。
傷付けるわけには いかなかった。
「なぜ俺たちには、こんな力があるんだろうな……」
背後には谷。
その下には 子供たちと魚を獲り、水遊びをした川が、悲しげな音を立てて流れている。
死を覚悟して、二人は、互いの手を強く握りしめ合った。

「マーマ。先にいく」
彼女を残して死ぬのは、つらい。
それこそ、死ぬより強い。
二人の息子を魔女として失った彼女が 村人たちに どんな目に合わされるかを考えると、氷河は――瞬も――胸を引き裂かれるような痛みに支配された。
だが 彼女は きっと耐えてくれるだろう。
もしかしたら微笑さえ浮かべて耐えてくれるだろう。
そして三人は また、神の国で共に暮らせるようになるのだ。
「氷河、僕、恐くないよ」
瞬が そう囁いた時、村人たちが 武器を振りかざして 二人に襲いかかってきた。






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