恋は、理性や意思の力では どうにもならないもの。
恋には 神々も悩まされ 翻弄されているので、もしかしたら氷河の抱えている問題が(同性との)恋と その恋が生むことになるだろう王位継承問題だけだったなら、神々が氷河の恋を祝福することもあったかもしれない。
神が 自分の恋を棚に上げて、(カミュ国王の期待通り)神の我儘を発揮してくれたのは、もしかしたら 『瞬との恋が成就しないなら、暴君になって やりたい放題をしてやる』という氷河の放言のせいだったかもしれない。
神の真意は、神ならぬ身の人間に量り知ることはできないが、ともかく その数日後、ヒュペルボレイオス王家に もたらされた神託は、
『ヒュペルボレイオスの王子氷河と エティオピアの王子瞬が結ばれれば、世界は滅亡の道を辿ることになるだろう』
というものだった。

プライドがあるなら、神々は自分たちの恋を否定することはできないはずだと、たかをくくっていた氷河は、その神託に意気消沈。――してくれたなら どんなによかっただろう。
神の神託、神の予言は必ず実現される。
神が その恋を駄目と言ったら、その恋は駄目なのだ。
まして、その恋の成就が 世界を滅亡させるとなったら、大抵の人間は 自らの恋の成就を諦めるものである。
だが。
なにしろ 氷河は“大抵の人間”ではなかった。
その神託を聞いて、氷河は 激昂した。

「何が世界の滅亡だ! どの神だ、そんな、プライドのない 嫉妬心丸出しの神託を垂れやがった神は!」
眉を吊り上げ、怒りに身を震わせて、自分の恋に不利な神託を垂れた神を、氷河は口汚く ののしった。
「氷河、口を慎め。それが どの神であれ、仮にも神に対して そんな言葉を吐くのは 不敬というもの。ともかく、神託は下ったんだ。おまえの意思ではどうにもならない。瞬王子との恋は諦めることだ」
激昂している氷河に そう言って、カミュ国王が自制を促す。

二人の恋の成就がもたらす不幸が 他の何事かであったなら、氷河は その“何事か”を顧みず、ひたすら自分の恋を貫こうとしていたかもしれない。
しかし、事は“世界の滅亡”。
氷河と瞬王子の恋が成就すれば、この世界は滅亡するというのである。
(滅亡するかもしれない)この世界は、氷河が恋する瞬王子が生きている世界。
(滅亡するかもしれない)この世界には、氷河が恋する瞬王子も含まれている。
瞬王子が生きている世界を滅亡させるようなことは、いかに我儘な氷河にも できることではない。
二人の恋が成就すれば、瞬王子の命が失われる――つまり、恋が失われる。
どうあっても、氷河の恋は成就しない――成就しても失われる――のだ。

ならば、恋と この世界が失われるよりは、恋だけが失われる方が、誰にとっても――氷河王子にとっても――“得”である。
どちらにしても実らない恋。
当然 氷河は 彼の恋を諦めてくれるだろう。
否、諦めるしかないのだ――と、カミュ国王は思った。
さすがに 二人の恋が これほどの重大事になるとは考えてもいなかったので、恋の成就を完全に断念しなければならなくなった氷河に、カミュ国王は 哀れみの気持ちをさえ抱き始めていたのである。
ところが。
世界が滅亡すると言われても、“極めて意思的で、決断力と その決断力に伴う行動力を備え、常に前向きで、諦めることを知らない”氷河は、自らの恋の成就を諦めなかったのだ。

「瞬との恋が叶わないなら、俺は何のために生まれてきたんだ。何のために生きている。そんな運命は断じて受け入れられない!」
「受け入れられない――と言っても……」
受け入れられなくても、受け入れるしかない。
それが運命というものである。
炎の中に投げ込まれても融けない氷のような目をして、全身を 怒り(なのだろうか?)に震わせている氷河を、カミュ国王は なだめ 落ち着かせようとしたのだが、そんな叔父の姿は氷河の視界に入っていないようだった。

「俺の運命がそういうものだというのなら、その運命を変えるまでだ。運命の女神たちのところに怒鳴り込んでいって、俺の その ふざけた運命を撤回させてやる!」
「運命を撤回……? 氷河、おい、こら、待たんかっ!」
なだめ 落ち着かせる間もあらばこそ。
カミュ国王が 彼の甥を引きとめようとした時には既に、氷河は 乱暴な足取りで ヒュペルボレイオス国王の私室を出ていってしまっていた。
そして、カミュ国王が 衛兵に氷河を連れ戻すよう命じた時には既に、彼の甥はオリュンポスに向かう馬上の人となっていたのである。






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