優しい目をして、優しい声で、瞬は何と惨酷なことを言ってのけるのかと、氷河は一瞬、瞬の優しさを、この世界の何よりも強く激しく憎んだ。 そんなことができるはずがないではないか。 氷河の望みは、瞬との恋を実らせること。 二人が共に幸せになることだけなのに――。 「おまえなしで、俺の幸せなど あり得ない」 「僕を忘れてしまえば、そんな思いもなくなるよ」 「おまえはどうなるんだ! おまえも俺のことを忘れるというのか!」 「ずっと憶えているよ。そして、氷河の幸せを祈ってる」 優しくて惨酷な瞬。 瞬の瞳は、涙の膜で覆われていた。 「瞬……」 瞬がもし、ゴールディのことも世界のことも考えず、自分の幸福だけを求めてくれるような人間だったなら どんなによかっただろうかと、氷河は思ったのである。 もし 瞬がそんな人間だったなら、氷河はこんな苦労をせずに済んだ。 世界が滅び去ろうが、人類が滅亡しようが、そんなことは俺たちの知ったことではないと言い放ち、二人は 二人の恋に耽溺していることができたのだ。 だが、そんな生き方を是としてしまう瞬は、氷河が愛する瞬ではない。 そんな瞬なら、氷河は ここまで深く瞬を愛したりはしなかった。 「氷河が幸せでいてくれるなら、それが僕の幸せだよ」 涙ながらに そう訴えてくる瞬だから、氷河は瞬を愛したのだ。 そんな瞬を手に入れるためだから、意地の悪い運命の女神たちの許に向かい、彼女等に土下座もした。 強大な力を持つ 知恵と戦いの女神を敵にまわすことになるかもしれないことが わかっているのに、このアテナ神殿にもやってきたのだ。 氷河にとって、瞬の願いは、絶対に受け入れられないものだった。 瞬を忘れて得る幸せなど、ただでくれてやると言われても 欲しくはない。 だが、では、自分はどうすればいいのか。 自分は何を願えばいいのか。 涙で潤んだ瞬の澄んだ瞳。 我儘な王子の幸福を 心から願ってくれている瞬の瞳。 瞬の美しい瞳を見詰めているうちに、その瞳の中にいる己れの姿を見詰めているうちに、氷河は やっと気付いた――やっと わかったのである。 自分が 自分の幸福のために、二人の幸福のために、何を願うべきなのか。 「運命の三女神の御名において、運命よ、我の言葉に従え」 氷河が願うべき願い。 それは、 「俺の瞬が、誰よりも幸せになるように」 という願いだった。 |