詳しいところはわからないっていうか、正確なところは聞かされていないっていうか――私が このお屋敷に勤めるようになって3ヶ月。 私は実は私の4人のご主人様方が 何者で、何をしている人たちなのか、ちゃんとした説明を受けていないのよね。 4人共 高校生くらいの歳なんだけど、ご主人様方は学校には通っていない。 日がな一日 のんびりしてて、邸内にあるトレーニングルームで身体を動かしたり、図書館で本を読んだりしてる。 で、時々 ふらっと4人揃って、どこかに行っちゃうの。 旅行にでも行ってるのかな。 私がこのお屋敷に来てからの3ヶ月の間に、4人揃って数日間 どこかに出掛けていくことが3回ほどあったわ。 もちろん、私には ご主人様方が どこに行って、何をしているのかを詮索する権利はない。 このお屋敷の使用人の お給料が相場の倍近く高いのは、お医者様や弁護士並のモラルの高さを求められるからなのよね。 城戸邸の使用人には ものすごく厳しい守秘義務が負わされるの。 私も、このお屋敷でのお勤めが決まった時に、ちょっと普通じゃないくらい厳格な秘密保持契約を結ばされたわ。 家人のプライベート詮索の禁止はもちろん、どんな些細なことでも外部に漏らしたら、ただちに懲戒解雇。 損害賠償等の法的措置を取るとまで明文化されている契約。 私、びっくりしたわよ。 メイドの守秘義務契約なんて、普通は、『業務上 知り得た情報を外部に漏らしません』って一文が書かれた誓約書を渡されて、それにサインするだけだって聞いてたから。 細かい文字で びっしり小難しいことが書かれた6ページに なんなんとする秘密保持契約書を渡されるなんて、考えてもいなかった。 もちろん、そんなことで自分の人生を棒に振るようなことはしたくないから、私は 契約違反になるようなことをするつもりはない。 でも、それって、業務上 知り得たことを外部に漏らさなきゃいいだけで、業務上 いろんなことを知ってしまうことを禁じてるわけじゃないから――この3ヶ月間、私は私の4人の ご主人様方を しっかりじっくり観察し続けたんだけどね。 学校に通っている様子のない4人のご主人様方は、特に血のつながりがあるわけじゃなさそうだった。 ご主人様方の外見・容貌は、まるで似たところがないもの。 どなたも常用語は日本語だけど、氷河様に至っては金髪碧眼だし。 ご主人様方の外見上の共通点は、(まるでタイプが違って 四者四様だけど)彼等が揃いも揃って かなりの美形だってことくらい。 性格も かなり違ってるわね。 星矢様は、元気で明るい。 瞬様は、大人しくて お優しい。 紫龍様は、落ち着いてらして、知的。 氷河様は、よく言えば クール、悪く言えば 無愛想。 そんなふうに、まるでタイプは違うのに、でも ご主人様方は すごく仲がいい。 4人は4人でいることが多くて、ほとんど いつも一緒にいる。 仲がいいって言っても、四六時中 べったり くっついてるわけじゃなく、各々 好きなことをしてるふうなんだけど、少なくとも 4人が24時間以上 離れていたことは、この3ヶ月間 一度もないわね。 宿泊を伴う外出にも、4人はいつも4人で出掛けていく。 だから、瞬様だけが1週間も一人で外出するのは ほんとに異例のことだったみたい。 一緒にいるのが当たりまえの人と何日も離れていたから、あの日――私が初めて城戸邸にやってきた あの日――再び瞬様と一緒にいられるようになることが嬉しくて、氷河様は あんなにも優しい笑顔で私を――瞬様だと誤解した私を――出迎えてくれたんだろうな。 自然に そう思えてくるくらい――言いたいことを言い合ったりもしてるけど、4人は いつも一緒。 4人は、へたな肉親同士より仲がいい。 そして、へたな肉親同士より 互いを信頼し合ってるのよ。 そんな4人なんだけど、でも、氷河様は特別に瞬様を お好きみたい。 瞬様は 本当に お綺麗で、可愛らしくて、お優しい方だから。 私は、てっきり氷河様は瞬様に恋しているのだと思ってた。 城戸邸に勤め始めて しばらくの間、私は だから、瞬様を女の子だと勘違いしてたのよね。 姿が綺麗だから女の子だと思ったんじゃなく、氷河様が恋している方なんだから、当然 瞬様は女の子だと。 先輩に、瞬様が実は男の子だって知らされた時は、滅茶苦茶 びっくりしたわよ。 滅茶苦茶 びっくりして――でも、氷河様が瞬様を特別視する気持ちを 変だとは思わなかった。 まさか氷河様当人に確かめるわけにはいかないけど、瞬様に対する氷河様の お気持ちが恋でも、私は意外に思わない。 瞬様は綺麗で優しいだけじゃく清らかで――何ていうか、独特の雰囲気を持つ方だから。 美貌っていうのなら、氷河様の方が目立つのよ。 なにしろ金髪碧眼。色が派手だもの。 でも、何ていうか――言うなれば、氷河様は 人類最上等のイケメン、ハンサム、美男子なのよね。 対して 瞬様は、天使というか、聖母というか、観音菩薩というか――人類を超越しているとでもいえばいいのかしら。 大人しくて でしゃばることがないから、目立たないのよ。 少なくとも氷河様ほどには目立たない。 でも、瞬様は特別。 瞬様は、その姿も お心も特別性なの。 そうね。 瞬様は、生き物より、むしろ 花に例えたい人だわ。 まだ 浅い春、雪の中から春の訪れを知らせる純白のスノードロップとか、清らかな谷間の白百合とか(どうでもいいことだけど、“谷間の白百合”ならぬ“谷間の姫百合”はスズランの別名よ)。 瞬様は、人当たりが やわらかくて、親しみやすくて、一見したところでは ほんとに普通の人間なんだけど、でも 普通じゃない。 でもって、こんなこと 瞬様の前では絶対に言えないけど、瞬様は、女の子が『こうなりたい』って考える、理想の姿と性質を持ってると思う。 だから――私も一応“女の子”のはしくれだから、私、城戸邸に お勤めするようになってから、いつのまにか瞬様の仕草とか表情、言葉使いを真似するようになってたのよね。 少しでも瞬様に近付けたら、瞬様に似ることができたら、氷河様に あの時みたいに 優しく微笑みかけてもらえるんじゃないかっていう 儚い希望が、私の心のどこかには あったかもしれない。 だけど、真似しきれないのよ。 瞬様は 人並み外れて お優しいけど、でも 別に 人智を超越した何事かをしてるわけじゃない。 イエス・キリストみたいな奇跡を起こすわけでもなければ、お釈迦様みたいに有難い お言葉を垂れてくれるわけでもない。 なのに、真似しきれないの。 ほんと、何て言えばいいんだろう。 どう表現すればいいのか――。 優しく清らか。 邪心や邪気がない――そういう種類のものは まるで感じられない。 でも、冗談を言って笑ったり、星矢様の無茶振りを たしなめたり、悲しい話を聞いて涙ぐんだりすることもあって、普通に 普通の人間と同じ感情を持ってるのよ。 完全に普通の人間なのに、どこか人間離れてしてる。 近寄り難いところもなくて――むしろ、親しみやすくて――氷河様はもちろん、紫龍様や星矢様より近くにいる感じがするのに、でも 遠い人。 普通なのに特別。 瞬様は、そんな不思議な人。 多分 私は、瞬様の言動を真似ることはできても、その本質っていうか、心までは真似ることができてないのよ。 理解できてないんだから、それは当然のことなんだけど。 何にしても、自分が仕えている人が 下劣な人間でなく、尊敬できる人――というより、憧憬を覚える人というべきかしら――なのは 幸せなことよね。 そんなふうに 不思議に美しい人たちに仕えて過ごす毎日は、一瞬一瞬が明るく眩しいほどに輝いていて、ご主人様方に仕えている私自身をも輝かせてくれているように思えたの。 |