真っ青な海と 真っ青な空。
その青色の中に、白い小さな小石を一つ投げ入れたように 島が一つ浮かんでいる。
瞬が それを島と認めることができたのは、だが、ほんの数秒――ごく短い時間だった。
瞬は いつのまにか、その島の白い砂浜の上に立つ者になっていたから。
瞬の足許に、一人の少年が倒れている。
それは、瞬と戦い、瞬に敗北を喫し、瞬によって倒された少年だった。
瞬より少しばかり年長に見える大勢の少年や少女たちが、勝った瞬と 負けて砂浜に倒れ伏した少年を 遠巻きに眺めている。
生き延びることを望み、そのために必要なものを手に入れたというのに、砂浜に立つ瞬の心は 悲しみに沈んでいた。



活動を休止しているらしい火山の岩肌に、木々が まばらに生えている。
荒涼としているのに、生命力を感じさせる起伏のある場所。
その場所の全貌を 瞬が俯瞰できていたのも、ごく短い時間だった。
瞬は いつのまにか その場所の中にいる者になっていたのだ。
黒い鎧のようなものを身にまとった一人の少年が、瞬の足許で 苦しげに呻いている。
だが、瞬は 彼から目を背け、もはや彼に一顧も与えようとはしなかった。
彼は、瞬の仲間を傷付けた“敵”。
同じように死に瀕している二人の人間がいたら、瞬は“敵”よりも“仲間”の許に駆けつけたかった。



薔薇の香りが充満する大理石の宮殿。
途轍もなく強大な金色の力が、瞬の周囲で 急速に弱まり、今まさに消えようとしていた。
その金色の力の消滅を感じている瞬自身もまた、傷付き 弱っている。
(痛い……)
瞬は、身体も心も傷付いていた。
『すまなかった』と一言、この人が詫びてくれていたなら、自分は この人を傷付けようとはしなかったのに、なぜ この人は そんなことすらできなかったのか。
瞬には、彼が戦いを選んだ理由が わからなかった。

「見事だ、アンドロメダ。だが、まもなく 君も滅びる」
僕が この人を傷付けた。
そして、さほどの時を置かずに、僕も死ぬ。
瞬は、がくりと その場に膝をついた。

あの漆黒の男が言っていたのは、このことだったのだろうか。
アテナの聖闘士になれば、その人間は つらく、悲しい思いをする。
アテナの聖闘士は 人を傷付けなければならないものだから。
それは、瞬の最も嫌いなこと。
それをするのがアテナの聖闘士なのだ。
だが、瞬によって倒された人は、『まもなく 君も滅びる』と言っていた。
つらく苦しいアテナの聖闘士としての瞬の命は もうすぐ終わるのだ――。

意識が 徐々に遠のいていく。
これが死というものなのか。
痛みも悲しみも――それら すべてを感じなくなることが死というものなのだろうか。
だとしたら、それは“安らぎ”という言葉に置き換えられるものである。
どうして、氷河は 僕に何度も『死ぬな』と繰り返したんだろう。
薄れゆく意識の中で、ぼんやりと 瞬は そう思った。






【next】