「しゅ……瞬、おまえか」
「うん。僕」
「大人のアンドロメダ座の聖闘士の?」
「大人っていうには ちょっと若すぎる気もするけど、アンドロメダ島に行って、アンドロメダ座の聖衣を手に入れて 日本に帰ってきた、アテナの聖闘士の瞬だよ」
淀みなく答えを返してくるところを見ると、大人の瞬は しっかりと正しい状況把握ができているらしい。
いったい何があったのかと問うと、自分は その意識と心を幼い頃の自分の中に飛ばされていた――と、瞬は答えてきた。

「なぜなのかは わからないけど――僕、すっかり忘れていたんだよ。でも、確かに小さな頃、そんな奇妙な経験をしたことを、僕 憶えてて――ううん、思い出したの。それで僕、あれは誰が仕組んだことだったのかを探ろうと思ったんだ。そうしたら、氷河が僕のところに来てね。それが小さな氷河なの。可愛くて――僕もう、あの奇妙な出来事の黒幕を探るどころじゃなくなっちゃったんだ。あれこれ理由をつけて、いっぱい氷河を なでなでしてきた」
“小さな氷河”に出会い、いっぱい なでなでできたのが よほど嬉しかったのか、瞬はいつになく饒舌で、明るく 楽しげで、軽躁といっていいほど浮かれ興奮していた。

「あんなことが現実に起こるはずはないから、大人の氷河に出会ったことは きっと夢だったんだと、僕、いつからか思い込んじゃってたのかな……。でも、小さな氷河が僕の前に現れた時、すぐに思い出したの。あの出来事は、僕にアテナの聖闘士になる決意をさせてくれた、不思議で大事な出来事だったから」
大人の瞬に、その記憶はずっと残っていたのだったらしい。
だが、夢だと思って、いつしか記憶は薄らいでいた。
そんな重要なことが起きた事情や理由を探ることもせず、小さな氷河を いっぱい なでなでしてきたと興奮気味に語る瞬に、彼の仲間たちは呆れてしまったのである。

黒衣の男は何者だったのか。
何を目的に、どんな益を得るために、その男は こんなことを仕組んだのか。
結局 すべては謎のまま、アテナの聖闘士たちは“その時”が来るのを待たなくてはならないようだった。
「8歳か そこいらで氷河に とんでもないことされて、おまえ、よくトラウマにならなかったな。おまえ、実は結構 神経が図太いんじゃないか」
「だって、夢だと思ってたし、あの時 氷河は たくさん優しいこと言ってくれて、僕 すごく嬉しくて、トラウマなんか生成してられる状況じゃなかったの」
「ま、そんなガキの頃から おまえがとんでもないスキ者だったなんて思わねーけどさ。何にしても、元に戻ってよかった」
「うん。そうだね」

そう言って 星矢に頷きはしても、瞬は、小さな氷河にまだ心残りがあるようだった。
「ねえ、氷河。氷河は もしかしたら、あんなに小さな頃から、僕のこと 好きでいてくれた?」
大人の瞬は、小さな氷河の何を見て そう思うようになったのか――。
瞬に問われた氷河は、一瞬 きまりの悪そうな顔になり、そのまま(もしかしたら照れて)ふいと横を向いてしまったのだった。






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